だからこそサッカーは面白く、W杯は愛される──心震えたイングランドサポーターと“ベッカムの涙”

だからこそサッカーは面白く、W杯は愛される──心震えたイングランドサポーターと“ベッカムの涙”

1998年W杯、衝撃的なベッカムの退場劇を現地で取材していた宮澤ミシェル氏

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第9回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど、日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今月末の2018年ロシア大会最終予選、運命を分けるホームでのオーストラリア戦を控え、今回は初めて現地で観戦・取材をしたW杯フランス大会で、強烈に印象に残ったというあの名試合について。

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6月のコンフェデレーションズカップの取材で、初めてロシアに行ってきたが、サッカースタジアムは圧倒的な存在感だった。

日本代表は来年のW杯ロシア大会に向けてのアジア最終予選のクライマックスの真っ只中だけど、なんとしても残り2試合で出場権をつかみ取って、あのスタジアムでプレーしてもらいたい。

振り返れば1995年限りで現役を退いてから数多くの国際大会を現地取材してきた。96年にアラブ首長国連邦で開催されたアジアカップを皮切りに97年のW杯アジア予選、98年のW杯フランスがあって、99年には日本代表が招待出場したことでパラグアイでの南米選手権にも行った。

その後もほとんどの国際大会を観てきた。現地に行けなかったのは、東京でのスタジオ放送を担当した2000年シドニー五輪くらいだ。

現役時代は長く国籍に縛られて国際試合の出場は望むべくもなかった私が、引退した途端に次から次へと国際大会を現地で観ることができるようになった。夢のような気持ちになる一方、若い頃に国籍問題で苦しんだ分、こうした幸運があるのかなと思うこともある(笑)。

数多くの国際試合を観てきた中で、やっぱり98年のフランス大会は忘れられない。私が生まれて初めてスタジアムで生観戦したW杯だ。日本戦を現場で観られたのはアルゼンチン戦だけだったが、『チリ対イタリア』や『イングランド対アルゼンチン』といったフランス大会のハイライトになるような凄いカードをスタジアムで目の当たりにできた。

今でも「98年大会のベストゲームは」と聞かれて即答するのが、決勝トーナメント1回戦のイングランド対アルゼンチン。本当にドラマティックな試合だった。

イングランド代表はマイケル・オーウェンがまだ18歳で、デイビット・ベッカムが23歳。イングランドには他にもポール・スコールズやアラン・シアラーなどがいて、アルゼンチン代表にはベロン、オルテガ、バティストゥータ、ディエゴ・シメオネ、ハビエル・サネッティ…。両チームとも錚々(そうそう)たる顔触れがピッチに並んでいた。

試合はバティストゥータに先制点を決められたイングランドが、シアラーのゴールで同点に追いついて、前半16分に今も鮮明に覚えているあのプレーが生まれた。オーウェンの独走ゴールだ。もう速くて、速くて…。世界中がワンダーボーイの登場に驚いたよね。

ただ、この試合の本番はここからだった。アルゼンチンが前半ロスタイムのフリーキックでベロンが壁の横に出して、サネッティが同点弾を決めた。相手の逆を取る、実に見事な緻密なセットプレーだった。

そして、イングランドのキックオフで始まった後半早々に、あの退場劇が起きた――。シメオネに背後から押し倒されたベッカムが、報復行為で右足で蹴飛ばして一発レッド。

当時のベッカムは金髪の綺麗なサラサラヘアーをしていて、汗臭そうな選手の中で彼だけがいい香りのしそうな雰囲気を醸(かも)し出していた。その選手がまさかの報復行為。オランダのニールセン主審もイエローカードの警告だけで済ませればよかったのに、勢い余ってレッドカードを出してしまったのかもしれないね。

ただ、そこから10人で戦ったイングランドの壮絶なプレーは今でも忘れられない…。キャプテンのシアラーとオーウェンのふたりのFWが代わる代わる右サイドで攻守に献身的にアップダウンを繰り返し、アルゼンチンの猛攻を凌いだ。

延長戦が始まる時、イングランドDFのポール・インスがゴール裏のサポーターに向かって「声援を頼む!」というポーズで煽(あお)ったら、延長戦の間中、30分以上ずっとチャントが止まないんだ。

正直、あのイングランドサポーターの歌声には心が震えた。延長戦に入って、ポール・インスはもうダッシュができそうもないほど疲労困憊なのに、アルゼンチンが攻撃してくると不思議とスプリントができて「なんで走れるんだ!」と驚かされたけど、間違いなくあのサポーターの大合唱が彼を勇気づけていたんだと思う。

試合は延長で決着がつかずにPK戦に突入。アルゼンチンが合計4−3で制したんだけど、後日この試合でドーピングコントロールを担当した日本人医師から、退場になったベッカムのその後を教えてもらった。「ベッカムは口に手を当てながらずっと泣いていた」と。

こちらが想像できないほどの悔しさだったのだと思う。ベッカムはこのW杯フランス大会の時は、まだ不動のレギュラーではなかったけど、これを機に劇的なサッカー人生を歩んでいった。そして、4年後の日韓共催W杯ではグループリーグでアルゼンチンと再び相まみえる。

サッカーというものは、本当に面白い。目の前の試合だけでもドラマ性が高いのに、それが長い歳月をかけた壮大な物語の章のひとつであったりもする。だからこそ、W杯は世界中の人から愛されているのだと思う。

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル







1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はWOWOW『リーガ・エスパニョーラ』『リーガダイジェスト!』NHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。

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