警戒されてもチームを助けた”働き”…松村優太はチームのために戦い、鹿島の門を叩く

警戒されてもチームを助けた”働き”…松村優太はチームのために戦い、鹿島の門を叩く

[写真]=野口岳彦

 1月13日、高校サッカー選手権の決勝が行われ、静岡学園(静岡)が前年度王者・青森山田(青森)を3−2で撃破。1995年度に鹿児島実と優勝を分け合って以来2度目、同校史上初の単独優勝を成し遂げた。

 圧倒的な攻撃力で勝ち上がったチームにおいて、輝きを放ったのが10番の松村優太だ。鹿島アントラーズ入りが内定している注目ドリブラーだが、目立ったのはボールを持っていないときの働きだった。

“静学”のキーマンに対し、青森山田も警戒。そのため、自由にボールを保持することを許されなかった。そこで松村は自らの役割を切り替え、敢えてボールを持たない決断を下す。

「自分が自分がとなってしまえば、(チームとして)上手くいかない。できるだけ相手を引き付けることを考えてプレーしていたんです」
「チーム全員の大会になった」

 特に後半はその選択が生きた。2点ビハインドの前半終了間際に1点を奪って息を吹き返したチームは、ハーフタイム後から個人技を生かす本来の姿を取り戻す。その中で松村はボールを受けず、仲間により良い形でパスを受けさせる役割を引き受けた。後半頭に左サイドハーフから中央にポジションを移した小山尚紀(3年)、最前線に入る加納大(2年)を生かすべく、相手DFを引き連れる。そう動けば、味方のマークが手薄になり、スペースも空く。だからこそ、他の選手が1対1の局面で自由に仕掛けられた。

「自分の役割は整理できていた。自分にマークが来るのは分かっていた。大会を通じてずっとそうだったので、守備なども含めて役割を果たしていれば、必ずチャンスは来ると感じていた」

 そうした動きで攻撃を影から支え続け、チームの優勝に貢献。松村は言う。

「やるからには自分の大会にするつもりでいた。マークに苦しんだけど、最後は優勝に結び付けられたので良かった。自分だけでなし得た優勝ではないし、チーム全員の大会になったと思います」

 この言葉からもチームのために戦っていたことが伺えるだろう。

高校年代No.1ドリブラーは鹿島へ

 思い返せば、今大会は厳しいマークに遭い、1回戦から思い通りのパフォーマンスを発揮できなかった。それでもチームのために動き、結果が出ずとも焦らずにチャンスを待った。今大会の初ゴールは準決勝の矢板中央(栃木)戦。ラストプレーで自ら仕掛けて奪ったPKを決めた。選手権で決めた得点はこれだけだったが、貢献度は抜群だった。

 チーム初の単独優勝に貢献した松村。試合後は日本一の喜びを噛み締めた。

「みんなでこの仲間で目指してきた場所にたどり着けたので嬉しいです。1、2年生の頃は結果を出せず、今年はインターハイにも出場できなかったけど、こういう形で終われたので良かった。静岡県勢としても久しぶりの日本一で学校としては初めての単独優勝。自分たちが歴史に名を残せて、すごく光栄なことだと思います」

 卒業後は鹿島の門を叩く。今大会以上に厳しい戦いが待ち受けているが、恐れずに新たな競争へ身を投じる。高校年代No.1ドリブラーは仲間と掴んだ自信を手に、さらなる飛躍を期す。

取材・文=松尾祐希

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