ミーガン・ラピノー アスリート以上の存在【雑誌SKアーカイブ】

ミーガン・ラピノー アスリート以上の存在【雑誌SKアーカイブ】

女子フットボール界のアイコンとして君臨するラピノー[写真]=Getty Images

[サッカーキング No.010(2020年2月号)掲載]

ミーガン・ラピノーはいま世界で最もカッコいい女性だ。2019年はワールドカップを制して、FIFA最優秀選手賞を受賞して、バロンドールも手にした。しかしそれだけでは終わらない。最高の結果を出して初めて伝えられることがあると、彼女は知っている。

インタビュー・文=クリス・フラナガン
翻訳=清水 悠
写真=ゲッティ イメージズ

 5分間。彼女が彼女であることを証明するために必要な時間は、たったそれだけだった。言葉もいらない。2019年6月28日の女子ワールドカップ準々決勝で、ミーガン・ラピノーはフランスを相手に開始5分で先制点を決めた。その前のスペイン戦で2ゴールを挙げていた彼女には、スタジアム中の視線が注がれていた。

 注目された理由はほかにもある。大会でアメリカが勝ち進むにつれて、フットボール雑誌のインタビュー動画でのある発言が話題になった。「もしW杯で優勝しても、あんなクソったれのホワイトハウスになんか行くもんか!」

 2015年のW杯を制した際にはホワイトハウスのバラク・オバマを訪問したが、そこに彼はもういない。いるのはドナルド・トランプだ。ラピノーの発言を知った大統領は反撃に出た。「文句は優勝してから言え!」

 だからラピノーは結果で応えてみせた。フランス戦の開始5分に直接フリーキックを決めた彼女は、自信たっぷりに両手を広げて胸を張った。それは間違いなく女子フットボール史に残るアイコニックなシーンだった。たとえ相手がアメリカ大統領だとしても、ラピノーは決して屈しない。彼女の存在はアスリートという枠をすでに超えていた。

“モハメド・アリ”世代のラピノーは、人種的・社会的差別の是正を訴えて戦い続けている。NFLのコリン・キャパニックのように、国歌斉唱時にヒザをついて起立を拒否したこともあれば、最近はUSSF(アメリカサッカー連盟)に対して男性と同じ賃金の支払いを求める裁判を起こした。同性愛者であることを公言する彼女はLGBTQの人権保護についても積極的だ。さらにフアン・マタがスタートさせたプロジェクト『Common Goal』にも参加していて、ジョルジョ・キエッリーニ、ユルゲン・クロップ、エリック・カントナ、エニオラ・アルコらとともにスポーツを通じたチャリティ活動や社会問題の解決に取り組んでいる。

 ラピノーがピッチ内外で最優秀女性アスリートとして君臨しているのは、紛れもない事実だ。2019年はW杯でMVPと得点王の2つの個人タイトルを獲得し、FIFA女子最優秀選手賞、女子バロンドールと、あらゆる賞を総なめにした。まさに今、世界にラピノー旋風が巻き起こっている。

最高の舞台で見せた最高のパフォーマンス
──2019年はどんな1年だった?
「特別」という言葉じゃ足りないかな。より正確に表現しようとするなら……「異常」がピッタリかもしれない。

──初めからW杯で人生最高のプレーができる自信があった?
これまでの大会よりもいいパフォーマンスができる自信はあったけど、ここまでのプレーができるとは思っていなかった。勝つためには、チーム全体がいい動きをしないといけないと思っている。だから正直、個人のプレーは重要視していなかった。

──2015年のカナダW杯後、君はヒザを痛めてしまった。十字靭帯を損傷したのはあれが3度目だったけど、ケガを乗り越えることがメンタル面を鍛えたと思う?
キャリアをスタートさせた頃にメンタルコントロールについて学んでいたから、その変化はあんまり感じていないかな。最初に十字靱帯を痛めたときは「すぐに復帰できる。だって、私はいい選手だから」と言い聞かせて、前を向くことができた。選手でいる以上、ケガはつきものなんだからクヨクヨしても仕方がないでしょう? 2度目は「これは試されている」、3度目は「このケガでキャリアを終わらせるわけにはいかない」と思って、リハビリに取り組んだ。

──W杯には髪の毛をピンクに染めて臨んだけど、付き合っている彼女の反応はあまりいいものではなかったようだね。
そう。彼女には「人生ですごく重要な大舞台なのに本気?」って言われたんだけど、どうしても染めたくって。私のファッションや表現について、いい印象を持っていない人がいることは知っている。でも金髪に飽きてきた頃だったし、これが私なりの表現方法だから。

──グループステージ初戦でタイを13−0で下したときはどんな気分だった?
私たちは早く試合がしたくてウズウズしていた。だからピッチに立ったときは「やっとプレーできる!」という喜びが大きかった。確かにW杯で13得点というスコアはクレイジーだと思う。でも、どんな相手にも手を抜かずに全力でプレーすることが試合に挑むうえで大事な姿勢だと思っている。

──ラウンド16のスペイン戦、決勝のオランダ戦でPKを決めるシーンがあったけど、プレッシャーは感じなかった?
もちろん心拍数は上がったし、不安もあったけど、私には自信があった。だってこの日のためにハードなトレーニングを積んできたんだから。優勝の喜びを味わう前の最後の壁だと思って、ゴールを決めることだけに意識を集中させた。それにPKは、きっとキッカーよりもGKのほうが何倍も緊張すると思う。

──準々決勝の前に、トランプのツイートは見た?
チームの広報がホテルで伝えてくれたんだけど、最初に思ったのは「私、何て言ったんだっけ?」ってこと(笑)。あの一件を振り返ることすら馬鹿らしいと思う。大事な一戦を迎える自国の代表チームの背中を押すべき人間が、その職務を放棄したんだから。もっと重大なこととして捉えるべきだったのかもしれないけど、私はあまり気に留めていなかった。チームメートも「こんなことが起きるなんて信じられない」って笑っていたし、そもそもツイートの文法がめちゃくちゃで……そのことに愕然としちゃった。

──それでもチームメートは君のメンタルを心配してくれたんじゃない?
みんなが私の顔を見にきたのを覚えてる。周りは、私が顔に出さないように気を遣っていると思ったみたい。私は全然気にしていなかったし、チームに悪影響が出ないことだけを願っていた。チームが動揺することなく試合に臨めて良かったと思っている。

──フランス戦でのゴールセレブショーンは、フットボール史に残るものだったと思う。
私の引き出しには前から入っていたんだよね。親善試合で何度かやったことがあったし。私はアスリートだけど、エンターテイナーでもある。フリーキックが決まったときの感覚は……何て言ったらいいんだろう。体中から湧き上がる喜びを抑えられなくて、それでいて反抗的な態度を取りたくなるような感じって言えば伝わるかな。「これが私たち、これが私。何も隠すつもりはないし、何かに隠れるつもりもない。これがありのままの私であって、私が理想とする自分なんだ」って。同時に「これがみんなの求めている私なんでしょう?」と言ってやりたい気持ちもあった。最高の舞台で、最高の自分を見せるチャンスがやってきて、台無しにするか、見事にやり遂げるかはすべて自分次第だった。結果はどちらであっても、全世界の注目の的になってしまうんだけど(笑)。

──トランプに向けたパフォーマンスでもあった?
もちろんそれもある。でも、トランプのためというよりも、私たちのエネルギーを見せつけたいという気持ちのほうが強かった。彼は自分を中心に世界が回ってると思い込んでいるようだけど、それは違う。彼がいかにおかしいかを証明するためだけに、私はモチベーションを上げているわけじゃない。

──オランダに勝利して、W杯制覇を遂げた率直な感想は?
選手としてW杯決勝のピッチに一度でも立つことができたら、それは最高なことだと思う。だけどもう一度その舞台に戻ってこられて、得点できて、しかもそれがかつてプレーしたリヨンのスタジアムだったんだから……一言では表せない。いろんな感情が混ざっていた。

フットボールには世の中を変えるヒントがある
──その2カ月後にはFIFA最優秀選手賞を受賞した。
クレイジーな体験だったね(笑)。とても名誉なことだけど、私が個人で賞を取ったり、世間から注目してもらえたりするのは、チーム全体に対して賞を授けられないからだと思う。私はあくまでチームの代表として受け取っているだけ。だから私にとってもチームにとっても、大きな意味を持つ受賞だったと思う。

──受賞スピーチでは、君が影響を受けた人物について語っていた。その中にはラヒーム・スターリングも含まれていたね。
まず、彼はピッチで最高のパフォーマンスを見せている。ほかとは違う圧倒的な存在感を放っているし、常に冷静で、タフで、勇敢な選手だと思う。そして若い頃から人種差別問題に直面してきた選手でもある。彼は自分の経験を隠さない。勇気を持って、自分の言葉で話してくれる。私はその姿にすごく刺激を受けている。個人的には、差別によって被害を受けた人が必ずしも立ち上がって、議論をしなければいけないとは思っていなくて。それよりも大事なのは、本人じゃなくても、周りの人たちが声を上げて、何が起きているかを訴えることだと思う。スターリングだって自分の体験を話すのはとても勇気がいることだったはず。だからピッチ内外において、彼の姿勢には影響を受けている。

──イランで焼身自殺をした女性についても語っていた。彼女は男装をしてフットボール観戦したことで「公共の秩序を侮辱した罪」に問われた。実に悲劇的な事件だと思う。
胸が張り裂けるような気持ちと、心底腹立たしい気持ちが同時にこみ上げてくる。女性というだけでスタジアムに入ることが禁じられたり、スポーツ観戦やプレーすることが禁じられたり、教育を受けられなかったり、仕事に就けなかったりする。こんなに悲しいことはない。私がアメリカで生まれ育ったというだけで当たり前にしてきたことを、彼女はできない。何も特別なことじゃなくて、同じことをやろうとしただけなのに。彼女は好きなフットボールチームの試合をスタジアムで観戦したかっただけ。そんな感情は誰にだってあるでしょう? でも彼女は許されなかった。本当に悲しいことだと思う。

──君の立場から社会問題について意見することは重要なことだと思う?
とても重要だと思っている。私が個人の問題、例えば賃金格差やLGBTQの問題に向き合っているということもあるけど、すべての問題の根本にあるものは同じだと思っている。

──それは何?
基本的人権が尊重されていないということ。本来は個人が尊重されて、平等に、自由に自分の人生を生きられる世界でなければいけないのに。世の中には数え切れないほどの問題がはびこっているけど、私にやれることはまだまだある。私の人生がただ単にフットボール選手として成功を収めることのためだけにあるなら、それはすごく退屈だし、くだらないと思う。そんな人生は送りたくない。名声や富を独り占めして、社会に還元しないなんてすごく身勝手だと思う。

──君は『Common Goal』にも初期から参加している。参加を決めた理由は?
フットボーラーの知名度とパワーを集結させるため。貧困格差のある地域出身の選手はまだ多い。私は、フットボールコミュニティは世界の縮図だと捉えていて、そこには世の中を変えるヒントがあると考えている。同じ理想を描く仲間たちと素晴らしいプロジェクトに挑戦できるいい機会だと思っている。

──君の具体的な役割は?
収入の1パーセントを寄付するんだけど、ただ書類にサインをして終わりじゃない。教育やスポーツにおける様々な問題を解決するために、お金をどう使えばいいかを考えるまでがセットになっている。つまり、自分の寄付金がどこでどんな使われ方をしているかをすべて把握できる。

──これまでどんな活動を支援してきたか教えてくれる?
主に女子フットボール選手の育成と、スポーツを楽しめる機会の男女格差をなくす取り組みをしてきた。ラッキーなことにアメリカではスポーツが身近な存在だけど、そうでない国は数え切れないほどある。私は今、そういった国にスポーツの体験機会を増やそうとチャレンジしている。その次に力を入れているのがLGBTQ問題かな。これは私にとってすごく大事な課題だから、『Common Goal』の仲間たちにも伝えている。

──賃金格差についても聞かせてほしい。2018年の男子W杯では優勝チームの賞金が3800万ドル(約41億8000万円)だったのに対して、翌年の女子W杯では400万ドル(約4億4000万円)だった。
クソだと思わない? 絶対に考えなければいけない問題だと思う。女子フットボールの発展が遅れたのは、FIFAの意思決定プロセスの中に女性幹部がこれまで一人もいなかったから。それじゃあ女子フットボールはどうやって発展していけばいいわけ? フランス大会を通して、多くの人に女子フットボールのポテンシャルを分かってもらえたと思っている。今こそ変わるチャンスだし、変わらなければいけない。私からすれば、一つのことを変えるのにどうしてこんなに時間がかかっているのか理解できない。でも最大限の努力をして、現実が変わるように動いていく。

──君は国歌斉唱時にヒザをついて、人種差別へ抗議する意思を示していた。それを受けて、USSFは国際試合の国歌斉唱で選手の起立を義務付けた。この決定をどう思っている?
勝手にルールを作るなんて間違っている。もっと会話をして互いの立場を理解すれば、前進するためにどうすべきかを考えられた。もしかしたら、連盟にとっては選手を後押しする組織だということを他国に発信するチャンスだったかもしれないのに。私は今でも国歌は歌わないし、胸のエンブレムに手は置かないけど、ひざまずくことはしていない。それを続けることだってできた。でもちゃんと乗り越えていかないと。私たちは問題が解決していないということを忘れてはいけないし、話し合いがまだ始まってもいないというのは、ある意味でいいことだと思う。

──フットボール界でも人種差別に関するニュースが増えている。トランプの言葉がリアルタイムで世界中に届く時代において、彼の発言がフットボール界にも影響を与えていると感じる?
トランプの存在はヘイトクライムや暴力事件、そして人種差別の増加に大きく関わっていると思う。彼自身が暴力事件を扇動しているんだから。自分のことしか頭にない彼は、アメリカの大統領にふさわしくない。ドナルド・トランプ国の大統領って呼んだほうがいいんじゃない? 彼は国同士の対立を生み出すためにホワイトハウスにいるんだと思う。彼がアメリカ大統領でいることが本当に恥ずかしい。

──引退後に政治家へ転身する可能性は?
分からない。でも何ごとも可能性はゼロじゃない。もし政治家になったら、トランプを反面教師にして、厳しい予選を勝ち抜かなければホワイトハウスでは働けないシステムにしないと(笑)。政治家転身はあまり考えていないけど、これからも常に政治のことを考えながら生きていきたいと思っている。2020年の選挙も、どんな形でもいいから携わるつもり。

──トランプ以外で、自分に対して反発してくるものと向き合ったことはある?
もちろんあるけど、ネガティブな発言をする人とはあまり付き合わないようにしている。私に批判的なコメントをしている人が大勢いるのも知っている。愛国心がないだとか、ビッチだとか、傲慢だとかね。でも私は自分がそんな人間じゃないと分かっているし、批判も全部力に変えていきたい。

──君のように女性が声を上げ始めたことで、男性が窮屈に感じているとは思わない?
それはよく分からない。でもそんなことを感じている場合じゃないと思う。女性は力で男性に勝つことはできない。殺されるんじゃないか、レイプされるんじゃないか、という恐怖を常に抱いている。でも世界を変えるためには、あなたたちの力が必要だということも分かっている。だから一緒に船に乗ってほしい。全員が乗れるだけのスペースは十分にあるから。

──2020年は東京オリンピックがあって、2023年にはまた次のW杯がやってくる。34歳の今、将来をどう考えている?
東京オリンピックが終わったらゆっくり考えるつもり。監督が私をまた必要としてくれるなら、そのままプレーを続けるかもしれない。長い人生のなかで、フットボール選手としてこれほど特別な経験ができる時間は本当に一瞬だと思っている。だから短いキャリアで終えるのはイヤ。もし休むことが大事だと思ったら、そのときは……。でもきっと、簡単には辞められないと思う。

※この記事はサッカーキング No.010(2020年2月号)に掲載された記事を再編集したものです。