アンリやセスクら…アーセナルからバルセロナに移籍した者たち

アンリやセスクら…アーセナルからバルセロナに移籍した者たち

過去にアーセナルからバルセロナに移籍した選手たち [写真]=Getty Images

今年の冬の移籍市場も様々な動きがあった。ガボン代表FWピエール・エメリク・オーバメヤン(32歳)はアーセナルを正式に退団し、スペインのバルセロナに加入するという。

 オーバメヤンは、2018年1月にドルトムントから当時クラブ記録となる移籍金5600万ポンド(約84億円)でアーセナルに加入すると、すぐにエースに定着。そのシーズンの残り13試合で10ゴールを叩き出して見せた。翌2018−19シーズンには22ゴールでプレミアリーグの得点王に輝き、2019年11月にはキャプテンに就任した。しかし、2020年9月に契約を更新すると、それを境に失速する。それまでリーグ戦86試合55ゴールだった選手が、それ以降は42試合13ゴール。1試合平均ゴール数が「0.64」から「0.31」に半減したのだ。

 新天地バルセロナではどんなプレーを見せてくれるのか楽しみだが、ノースロンドンからスペインの雄に渡った選手はオーバメヤンが初めてではない。それでは、過去にアーセナルからバルセロナに移籍した選手を見てみよう。

[写真]=Getty Images

■ティエリ・アンリ(1997−2007アーセナル、2007−2010バルセロナ)



 バルセロナに移籍した一番の大物といえば、やはりティエリ・アンリだろう。名将アーセン・ヴェンゲルに見出されたアンリは、アーセナルでクラブ歴代最多となる228ゴール(377試合)を叩き出した英雄だ。2007年にバルセロナに移籍した際も「アーセナルを離れることがあるのはバルセロナに移籍するときだけ」と語っており、アーセナル愛に満ちたフランス人は今でも子供を連れてエミレーツ・スタジアムに観戦に来るほどだ。

 バルセロナでは、ペップ・グアルディオラの元で2008−09シーズンにクラブ史上初の3冠に貢献。自身も初めてチャンピオンズリーグの栄冠を手にしたのだった。

■セスク・ファブレガス(2003−2011アーセナル、2011−2014バルセロナ)



 クラブ愛の狭間に揺れたのは稀代のプレイメーカー、セスク・ファブレガスである。バルサの下部組織“カンテラ”で育ったセスクは、2003年に16歳でアーセナルに加入。すると同年のリーグカップの試合でクラブ最年少の「16歳177日」でデビュー。翌シーズンから17歳にしてレギュラーに定着するとFAカップ優勝に貢献。2008年にはキャプテンに就任したが、アーセナルでの獲得タイトルはFAカップ1回に留まることに。

 古巣復帰を希望していたセスクは、2011年に念願叶ってバルセロナへ移籍した。その際も「僕は今後も一生アーセナルのファンだ。ヴェンゲルは特別な人。僕の第二の父親なんだ」とアーセナル愛を口にしていた。バルセロナでは、チャビやイニエスタ等と共にラ・リーガとコパデルレイを制したが、アーセナル時代のような“主人公”にはなれずに、わずか3シーズンでチェルシーへ移籍した。

■エマニュエル・プティ(1997−2000アーセナル、2000−2001バルセロナ)



 移籍が裏目に出た選手も少なくない。アーセナル時代に2冠に貢献したプティは、2000年にバルセロナに移籍。フランス代表として「98年ワールドカップ」と「EURO 2000」を制していたプティだが、当時のバルセロナのロレンソ・セラ・フェレール監督にチームミーティングで「君のポジションはどこ?」と尋ねられたという。

 結局プティは、本職の中盤以外にもセンターバックを任されることになり、1年でバルセロナを後にしてチェルシーへ移籍した。

■ジョヴァンニ・ファン・ブロンクホルスト(2001−2003アーセナル、2003−2007バルセロナ)



 彼ほど所属した全てのクラブで愛された選手は他にいないだろう。地元のフェイエノールトで活躍したオランダ代表プレーヤーは、スコットランドのレンジャーズを経て、2001年にアーセナルに加入。プティの後釜としてパトリック・ヴィエラと中盤でコンビを組んだが、膝十字靭帯の損傷という大怪我もあり思ったような活躍ができなかった。

 2003年には心機一転、バルセロナにローン移籍して翌年には完全移籍。バルセロナでは主に左サイドバックとして起用され、2005−06シーズンにはチャンピオンズリーグで決勝まで勝ち上がり、ファイナルで古巣アーセナルと対戦。見事にヨーロッパの頂点に立つと「優勝は特別だが、古巣との決勝はより特別だった」と感極まった。

 ファン・ブロンクホルストはチームメイトからも愛され、レンジャーズ時代には元アメリカ代表MFクラウディオ・レイナが息子にファン・ブロンクホルストの名前を付けるほど親交を深めた。その息子というのが、今はドルトムントで活躍するジョヴァンニ・レイナである。ちなみにファン・ブロンクホルストは現在レンジャーズを率いており、ヨーロッパリーグの決勝トーナメントプレーオフでドルトムントと対戦する!

■その他

 オランダの快速ウィンガーであるマルク・オーフェルマルス(1997−2000アーセナル、2000−2004バルセロナ)は、プティと共にバルセロナへ移籍。バルセロナでは、レアル・マドリードの黄金期とかぶってしまいタイトルを獲得できなかった。

 アレクサンドル・ソング(2006−2012アーセナル、2012−2016バルセロナ)はバルセロナに高額の給料を提示されて移籍を決断。出場機会が減ることを承知でカタルーニャに移籍したという。

 ベラルーシ史上最高傑作のアレクサンドル・フレブ(2005−2008アーセナル、2008−2012バルセロナ)は、バルセロナで加入1年目から3冠に貢献。しかし魅惑のダブルタッチを武器にするドリブラーは、出番が限られたため、すぐにバルセロナを後にした。

 他にも、怪我に泣かされたトーマス・フェルマーレン(2009−2014アーセナル、2014−2019バルセロナ)などアーセナルからバルセロナへ移籍した選手はいるが、バルセロナでも輝きを放てた選手は数少ない印象だ。

(記事/Footmedia)

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