「Be supporters!」 サッカーが高齢者にもたらすもの

「Be supporters!」 サッカーが高齢者にもたらすもの

サントリーウエルネスの沖中直人社長(左)と敬老の日の特別企画『人生の先輩からのエール』に参加し、「小さいことは気にしない」というエールを送った松本テル子さん[写真]=吉田孝光

サッカー×高齢者=?
あなたならこの数式にどんな答えを書き込みますか?

 2021年12月にJリーグとサポーティングカンパニー契約を結んだサントリーウエルネス株式会社。「セサミンEX」など様々な健康食品を通してその社名を知っている人は多いだろう。

 このサントリーウエルネスが取り組んでいるプロジェクトの一つに「Be supporters!(ビーサポーターズ!)」がある。高齢者や認知症の方など、普段は支えられる機会が多い人が、サッカークラブのサポーターになることで、クラブや地域を「支える人」になることを目指すもので、2020年12月に始まった。

 現在、その活動に共感し参加しているJクラブは、カターレ富山、レノファ山口、川崎フロンターレ、ヴィッセル神戸の4クラブ。昨年は富山におよそ延べ1000人の高齢者サポーターが誕生している。

 高齢者がやることは、サントリーウエルネスが作成したガイドブックに沿って自由に応援することだけ。にもかかわらず、この「Be supporters!」は、関係者の想像をはるかに超える効果が現れている。

 まずはその効果のほんの一例を紹介したい。

 黒崎幸子さん(82歳)は、認知症で幻視やめまいの症状があったが、富山の大野耀平選手の“推し”になった。すると「要介護度が3から1に改善されたように見える」と施設職員が語るほど元気に。大野が施設を訪問した時は、杖を忘れて大野に駆け寄ったそうだ。

 山本正さん(94歳)は血圧が高く、普段からネガティブな発言が多かった。しかし、「Be supporters!」で率先して応援をし始めると、応援の翌日や翌々日は血圧も安定するそうだ。

 その他にも元気になったという報告は数多く、これまで人見知りで輪に入れなかった高齢者が応援を通して仲良くなったという例もたくさんある。“推し”の選手がいることで高齢者にトキメキが生まれ、地元チームを応援することで、つながりや一体感が生まれた。

 このプロジェクトが始まったきっかけは、2020年にサントリーウエルネス社長に就任した沖中直人社長にある。サントリーであの「伊右衛門」をブランディングし、サントリーウエルネスの社長に抜擢された沖中社長は、友人であり、認知症の状態にある人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」を企画した元NHKプロデューサーの小国士朗氏との食事会で「Be supporters!」の構想を聞いた。

「これからの日本社会では、認知症の状態になる人が激増すると予想されています。私の母も介護施設に入居していますが、自分の家族が認知症になると、隠して家族の中だけで解決しようとするケースも多いと聞いています。そもそも人生100年時代、健康であるかないかに関わらず、いかにその人らしく幸せに生きるかが大切で、そのことに企業が真正面から取り組んでいく必要があるなとずっと思っていました。そんな時に『Be supporters!』の構想を聞いて、もう一回、自分の“推し”を見つけて、生き甲斐をみつけていくということは、我が社の社会的責任としてやらないといけないプロジェクトだと感じました」(沖中社長)

 社長は社内でプロジェクトチームを立ち上げ、企画を詰めて数カ月後にはJリーグの各チームに「Be supporters!」を提案した。高齢者に人気の“相撲”や“野球”ではなく“サッカー”を選択したことが、高齢者にうまくハマった。

「プロスポーツの中でJリーグは特に地域密着の活動をされていますよね。僕は人間が生きていくためには、人と人のつながりが最も必要で、その仲間から外されてしまうと生きていけないと考えています。そういう横のつながりが希薄になっている中で、地域の文化に根付いて、そこに暮らす人が地元のクラブを応援する。それは人間の本能に近いものがあると思います。その上でサッカーという競技がすごく分かりやすいルールだったのも大きいですね」(沖中社長)

 サッカーは、ふたつの色に分かれたチームが対戦し、ゴールにボールが入れば1点と、いたってシンプル。年間を通して継続的に行われ、相撲や野球と比べたときに90分という試合時間の長さもちょうど良かった。

 そして、このプロジェクトに関心を示したJリーグのクラブはもちろん、介護福祉施設の職員にも恵まれた。初めてサッカーと高齢者をつなげるこのプロジェクトは、「面白そうだ」と勇気を持って取り組んでくれる職員がいなければ何も始まらない。選手の顔写真を壁に張ったり、テレビの準備をしたり、通常業務以外の作業もやらなければならない。

 だが、ここにも思わぬ効果があった。職員が利用者と一緒にそれを楽しんでいるのだ。介護福祉施設は慢性的な人手不足に悩んでいる施設がほとんどだ。これまでは職員が忙しすぎて利用者と会話をする時間を作れないことも多かったが、職員と利用者の垣根を超えて一緒に応援することでつながりが深まった。

 さらに、利用者が元気になることで職員のモチベーションが上がり、コロナで精神的にも疲弊し休職していた職員らが、復職してこの企画に参加したら、いつの間にか明るくなったという事例も耳にした。

 また、学生から採用の問い合わせが増えたり、「認知症があるから顔出しはやめて」と言っていた家族が「本人が喜んでいるからどんどんメディアに出して」と言ってくるようになったなど、「Be supporters!」は“三方よし”どころか、高齢者、その家族、施設スタッフ、Jクラブスタッフと、“四方よし”のいいことずくめの結果となった。


 しかし、逆に会社として見れば、商品販売に直結するプロジェクトには見えない。それなのになぜこのプロジェクトを進めているのだろうか?

「それには二つの理由があります。サントリーには、『やってみなはれ』っていうチャレンジ精神が息づいていて、創業者の鳥井信治郎が、ほとんどの国民がビールですら飲んだことのない大正時代にジャパニーズ・ウイスキーを作るという、そういう文化創造というか、イノベーションをやってきた会社だということが一つ。もう一つは、サントリーは創業時から“利益三分主義”といって、会社で上げた利益は社会に還元していこうという理念の会社で、我々もしっかり稼いでしっかり世界に還元する、それを実行しているだけです」(沖中社長)

 「結果はどうなるか分からない。やってみなきゃわかんない。でも何か起こるだろう」と、沖中社長の「やってみなはれ精神」でスタートしたこのプロジェクト。20年12月に始まり、およそ1年10カ月を経て、いろんな形に進化もしている。

 その一つがヴィッセル神戸の“サポ飯作り”。おなかが空いては応援できないと、ノエビアスタジアムの横にある「Vフィールド」で作った新鮮な野菜を使い、地元神戸の有名企業であるケンミン食品から商品の提供も受けて、高齢者が“ビーフン”を調理。応援するという目的があることで、高齢者も職員も料理と食事を一緒に楽しんだそうだ。


 また今月は、敬老の日の特別企画として「人生の先輩からのエール」を行っている。「いくつになってもワクワクしたい、すべての人へ」をコンセプトに、手を挙げた10クラブの地域の計74の高齢者施設から、およそ1,400(9月時点)の応援メッセージが集まっている。

 ノエビアスタジアム神戸では、すでに名古屋戦でこの「人生の先輩からのエール」が掲示されていた。

 86歳のおばあちゃんはイニエスタが大好きで、覚えたてのスペイン語で「VAMOS Iniesta」(がんばれ、イニエスタ)と書いていた。性別不明の70代の方は「歳をとるのは早いけど、点を取るのは難しい。最後のホイッスルまで あきらめないで 大胆かつ繊細に!」と唸らせるメッセージ。もちろん「残留を願っています」と、神戸の苦しい現状を理解しているエールもあった。

 これまで盲点だったと言っていい、高齢者とサッカーのつながり。記者として普段は厳しいことを書くこともあるし、サポーターについても苦言を呈する記事を書かねばならないときもある。だがこの「Be supporters!」は別世界。取材を進めるにつれて「サッカーにノーベル賞があれば平和賞だな」とふと思った。認知症の方や介護福祉施設の職員、クラブスタッフ、サントリーウエルネスのスタッフ、沖中社長の笑顔を見て幸せな気持ちになっていた。

 そして、この「Be supporters!」は、今年5月にJリーグの「2022シャレン!AWARDS」で、メディア賞を受賞し、より関心が高まっている。今後目指す形を沖中社長に聞いた。

「人類が何百万年も前から地球上にいて、こんなに長く生きるということを、私たちの体とか脳は想定していないんですよね。人類が初めて経験するこの人生100年時代において、今の社会は年を重ねるとつながりがどんどん減っていってしまうという現実にきちんと向き合いきれていない気がするんです。そして、これは日本だけじゃなくて、今の時代を生きる人類共通の課題だと思います。私たちは地域社会と一体となり、人と人とのつながりを醸成するための活動を推進していきます。そしてそれに共感した企業や、一緒にやりたいという人が増えて、世の中にムーブメントを起こしていく起点となりたいと思います。」

 スケールの大きな話であり、近い未来に起こる現実の話である。人生100年時代が到来し、いかに長く幸福でいられるか。健康だけでなく“幸福寿命”という考え方にもっと寄り添う必要があるのかもしれない。

 最後に神戸で見つけた「人生の先輩からのエール」に感銘を受けたので紹介したい。

「命つきるときまで サッカーを楽しみなさい」(107歳・女性)

 座右の銘にしよう。

取材・文=斎藤孝一


【画像】107歳のしげのさんが選手に贈った言葉

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