天敵・鳥栖撃破の驚くべき真実。浦和が“あうんの呼吸”で導き出した奇策とは

天敵・鳥栖撃破の驚くべき真実。浦和が“あうんの呼吸”で導き出した奇策とは

鳥栖を完封に抑え、円陣を組む浦和のDF陣 [写真]=清原茂樹

 秘策か、それとも奇策か。キックオフを前にして、興梠慎三に代わって1トップで先発するズラタンに対し、森脇良太は通訳を介してこんな声を掛けた。

「無理にセンターバックへプレッシャーを掛けにいかなくていい」

 勝ち点1差で3位に肉迫してきたサガン鳥栖を埼玉スタジアム2002に迎えた10日の明治安田生命J1リーグ・セカンドステージ第11節。負ければ順位で鳥栖の後塵を拝し、首位の川崎フロンターレの背中までが遠のきかねない大一番で、浦和レッズは大胆に戦い方を変えて臨んだ。

 自分たちがパスをつないで主導権を握るのではなく、あえて鳥栖につながせる時間を設ける。それも最終ラインを中心にボールを持たせる。だからこそ、本来ならば連動したプレスの“一の矢”となるズラタンに、意外にも聞こえるミッションが与えられた。森脇が意図を説明する。

「鳥栖にとって自分たちがボールを持つ展開は、そこまで慣れていないんじゃないかと。だから、ズラ(ズラタン)にも『センターバックの二人(谷口博之とキム・ミンヒョク)にボールを持たせてもいい』と言いました。そこでボールを前に持ち運べる選手がいたのであれば怖かったですけど、今日はそうではなかったので」

 日本代表戦の開催に伴い、2週間ぶりに再開されたJ1リーグ。中断前の時点で浦和は川崎、ヴィッセル神戸に手痛い連敗を喫し、7勝1分けと快進撃を続けてきたセカンドステージで急停止を強いられていた。神戸には浦和と同じ「3−4−2−1」システムで対峙する“ミラーゲーム”でパスワークを封じ込められた。そしてカウンターから失点を喫した末に敗れたことが、浦和の選手たちの目を覚まさせた。再び森脇が続ける。

「神戸相手に失点したように、鳥栖の狙いとしては僕たちがボールを持って攻めて、パスを打ち込んだところでそれを奪って、(浦和の陣形が)開いているところを素早くゴールに直結させるだろうと。そういう狙いがあるなら、(逆に)ボールを持たれてもそこまで怖くないんじゃないかと」

 セカンドステージを制し、年間総合順位でも川崎を逆転して明治安田生命Jリーグ・チャンピオンシップへ進むために。もはや一つの黒星も許されない状況で迎える鳥栖は、これまでに何度も煮え湯を飲まされてきた相手でもあった。ここまでJ1通算対戦成績は3勝3分け3敗と全くの五分。2013、2014シーズンはともに最終節の一つ前で対戦し、2013シーズンは1−4の惨敗を喫して優勝への望みを断ち切られ、2014シーズンは後半アディショナルタイムの失点で1−1と引き分けてガンバ大阪に首位の座を明け渡し、結果的にタイトルを逃す結果となってしまった。今シーズンもファーストステージでの対戦で敵地ベストアメニティスタジアムでスコアレスドローに終わって優勝争いから一歩後退すると、そこから鹿島アントラーズ、G大阪、サンフレッチェ広島に悪夢の3連敗を喫している。文字どおりに“天敵”と言っていい相手だ。

 鳥栖は今シーズンから指揮を執るイタリア人のマッシモ・フィッカデンティ監督の戦術が浸透し、ファーストステージの終盤戦から持ち前でもある堅守速攻の切れ味が一段と増している。指揮官の下で試行錯誤した末、システムは「4−3−1−2」に定着。前線から激しくプレッシャーを掛けてボールを奪うと、トップ下の鎌田大地を経由した速攻、あるいは左右からクロスをあげるオープン攻撃を仕掛ける。いずれの場合もターゲットは不動のエースストライカー・豊田陽平となる。また、アンカーの高橋義希、その前の左に陣取る福田晃斗、右の金民友で構成される中盤の「3」が、前線の選手たちの動きに合わせて絶え間なくボールサイドへスライド。最終的に相手ボールを刈り取り、カウンターのスイッチを入れる二つの役割を同時に果たすことで快進撃を支えてきた。

 ハードワークと鋭いカウンター。戦い方がシンプルに徹底されているだけに、選手たちにも迷いがない。だからこそ、ある意味での“奇策”が奏功する。浦和は鳥栖のボールポゼッションをあえて高めさせ、不慣れな戦い方を演じさせることを狙った。天敵を「手のひらの上で転がした」という実感が残っているのだろう。森脇が言葉を弾ませる。

「結局のところ、困ったらロングボールを前へ蹴ってくるのが明確だったので、それほど怖さは感じなかった。僕たちにとっては、プランどおりだった」

 最も脅威になる豊田が放ったシュートはわずか1本。それも浮き球の縦パスの処理を森脇が誤り、その背後を突かれた開始11分の一撃だけ。千載一遇のチャンスも豊田の右足から放たれたシュートはゴールの枠を捕らえられず、その後は最終ラインの中央に入った34歳のベテラン、那須大亮が豊田に仕事をさせなかった。

 後半にはこんなシーンがあった。ボールを預けられた右サイドバックの藤田優人だが、浦和が自陣に自重している状況下ではパスの出しどころがない。仕方なくセンターバックのキム・ミンヒョクに預けるも、残念ながら韓国代表歴を持つ24歳もボールを持ち運ぶプレーには長けていなかった。彼から左サイドバックの吉田豊を狙ったサイドチェンジのパスは、タッチラインのはるか上空を越えていった。

 例えるならば「肉を切らせて骨を断つ」作戦となるが、森脇によれば、鳥栖にボールをもたせても「肉を切らせる」ほどのリスクを負うことはないと確信していたという。

「ボールを入れられても、ガツガツいけていた。レッズには球際に強い選手が大勢いるし、ちょっとやそっとではやられない。パスが入ってきたところでしっかりと潰そうという狙いがあった。その意味でも非常にコレクティブで、素晴らしいゲームができたと思っています」

 もっとも、当然ながら最終的にはゴールを奪わなければ白星を手にできない。つまり「骨を断つ」部分でも、浦和は青写真どおりの攻撃を仕掛けられた。クサビを打ち込んだのは、左股関節の痛みで2018 FIFA ワールドカップ ロシア アジア最終予選の2試合で出番のなかったMF柏木陽介だ。

 ともに無得点で迎えた39分。ラストのスルーパスこそ日本代表GK林彰洋にカットされたが、自陣から60メートル近くをドリブルで持ち運んだプレーは鳥栖の選手たちに混乱をもたらした。生じたスキを見透かすかのように、2分後にもドリブルで前へ進み、右サイド深くに侵入したMF関根貴大へパスを通した。

「今日はラストパスの前までのプレーは良かったけど、そこから先が今ひとつだったかな」

 柏木が苦笑いしたとおりにパスは若干ずれたが、マークにきた福田、フォローしてきた吉田を執念でかわした関根が森脇へパス。ボールはMF武藤雄樹、ズラタンと流れるようにつながり、ズラタンが落としたボールをMF宇賀神友弥が丁寧にゴール左隅へと流し込んだ。

「得点につながるかどうかは別にして、チャンスになるという匂いは感じましたね」

 関根からのパスを左足のワンタッチパスで武藤につないだ森脇は、ここぞの場面で、チーム全員がリスクを冒してでも攻めるという共通意識を持つことができたと笑顔で振り返る。

「前へボールを付けるためには、ある程度リスクのあるパスを入れなくてはいけない。それが通ればスーパープレーになるし、通らなければカットされてカウンターを招く。そういう難しさはありますけど、今日は状況に応じてやれた。反省点が出たという意味でも、神戸戦がいい教訓になった」

 先制点の余韻が残る44分、今度はキャプテンのMF阿部勇樹が最終ラインからドリブルを開始。敵陣に入ったところでペナルティーエリア内へスルーパスを出すと、これを受けた関根が一瞬のタメから左足を振り抜き、武藤の追加点をアシストした。

 静かなゲーム展開から一転、乾坤一擲のドリブル突破で浦和がリスクを冒してきた3分間を、鳥栖の快進撃を支えてきた一人である福田は脱帽の表情で振り返る。

「ドリブルに関してはなるべくケアしようと話してはいたんですけど、(中盤で)つかまえ切れないと、ああいうパスを通されてしまう。あそこは反省点です」

 練りに練られた秘策かと思われた「肉を切らせて骨を断つ」作戦だが、実は鳥栖戦へ向けた練習で、相手にボールをもたせる展開を想定したメニューは組まれていなかったという。ミハイロ・ペドロヴィッチ監督の指示は「鳥栖の狙いにはまらない」こと。それを選手それぞれが噛みしめ、キックオフ前に相手の先発メンバーを確認した時点でコミュニケーションを取り、文字どおりの“あうんの呼吸”で奇策を弾き出した。

 もちろん、90分間を通じて鳥栖にボールをもたせたわけではない。それでも、例え十数分でも得意とするスタイルとは異なる戦い方を演じさせれば、必ずつけ込むスキが生じる。自立した選手たちが弾き出した作戦で得た勝利が、よほど会心だったのだろう。森脇が再び声を弾ませる。

「練習では相手の対策よりも自分たちのことに時間を費やすほうが多い。ただ、相手によって(戦い方が)いろいろ変わる部分で、今日は相手にボールを持たせる時間を作ってもいいと思った。その意味で、チームとして非常にいい部分が出せたんじゃないかな」

 主導権を握る本来の戦い方だけでなく、相手の戦力を見極めた上であえて主導権を握らせる戦い方もできる。硬軟織り交ぜたプランを遂行できるようになった浦和が“鬼門”突破に成功した。セカンドステージは残り6試合。総得点で「4」及ばないながら川崎とは勝ち点と得失点差で並ぶ2位としている。デッドヒートの様相を呈してきたステージ優勝争いは、ここからが本当の勝負だろう。天敵相手にチームの成熟度を見せつけた浦和がステージ制覇、そして2006年以来となる年間王者に向かってラストスパートを掛ける。

文=藤江直人

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