故クライフ氏の自伝が話題に「私がL・エンリケを説得してマドリーからバルサに連れてきた」

故クライフ氏の自伝が話題に「私がL・エンリケを説得してマドリーからバルサに連れてきた」

故クライフ氏の自伝がスペインで出版され話題を呼んでいる [写真]=Getty Images

 今年3月に68歳の若さで生涯を閉じたヨハン・クライフ氏が、晩年に書き留めた自伝がこの度スペインで出版され、生前の興味深いエピソードの数々が話題を呼んでいる。

 クライフ氏は、“Johan Cruyff 14. La autobiografia”とのシンプルなタイトルが付けられた同書で、自身のテクニックがストリートで磨かれたものであることを強調している。

「私の全てはストリートで始まった。あの場所では不利な事を有利な事として捉えられるようになった。例えば、狭い歩道を挟む壁は、障害ではなくワンツーをするチームメイトの代わりになった。また、セメントの上で転ぶと痛いし傷ができるので、そうならないようにプレーした」

 アヤックス時代には野球部門にも所属し、キャッチャーをしていたクライフ氏は、その経験が大きく生きたと実感していたという。

「ベースボールをプレーしたことで、その後のフットボールに役立つ多くの事を学んだ。例えば、キャッチャーは球場全体を見渡しながらプレーするが、これは私のフットボーラーとしての武器である視野の広さや読みの鋭さといった能力の向上に繋がった。2つのスポーツには多くの共通点がある」

 クライフ氏はまた、幼少期に最も影響を受けた選手として、レアル・マドリードの伝説であるアルフレッド・ディ・ステファノ氏と自身の前のオランダ代表のスターであるファース・ヴィルケス氏の名を挙げている。

「私には良く話題にしていた2人の選手がいた。その1人はデイ・ステファノだ。彼はスペースの使い方を完璧に心得ていた。もう1人はヴィルケスだ。彼は抜きん出たドリブラーだった」

 一方、現在バルセロナを率いているルイス・エンリケ監督が現役時代にレアル・マドリードからの“禁断の移籍”を行った一件を振り返ったクライフ氏は、自身が指揮官を解任される直前に引き抜きに成功していたことを明かしている。

「自分がバルセロナの監督を解任されたというニュースを新聞で読んだ時は唖然としたよ。なにしろその2日前には新シーズンに向けた話し合いがあり、私はルイス・エンリケと個人的に話をしてマドリーを辞めてバルサに来るよう口説いたばかりだったからね。彼が移籍をしたのは私の説得によるものだ」

文=北村敦

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