ポーランドのエース、レヴァンドフスキについて知っておきたい9つのこと

ポーランドのエース、レヴァンドフスキについて知っておきたい9つのこと

世界最高のストライカーの一人に数えられるレヴァンドフスキ [写真]=Getty Images

 日本代表は、28日に行われる2018 FIFAワールドカップ ロシアのグループステージ第3戦でポーランド代表と対戦する。決勝トーナメント進出がかかる重要な一戦で脅威になるのが、相手のエースFWロベルト・レヴァンドフスキだ。世界最高のストライカーの一人に数えられる同選手について、背番号9にちなみ、9つのトリビアを紹介する。

1.「ロベルト」の名前の由来
 「ロベルト」という名前は、ポーランドではメジャーではない。ただ自身もサッカー選手で、柔道のポーランド王者でもあった父クリストフさんが、いずれ有名なサッカー選手になったときに世界中の人に覚えてもらいやすいようにと、息子に「ロベルト」と名付けた。

2.一皿目はデザートから
 食事の順番は、一般人とは全く逆。まずデザートを食べ、その後メインディッシュ、サラダを経て、スープを最後に食すという。この食事法は脂肪の燃焼を高めることができるとされ、これを実践してから「より力を発揮できるようになった」と本人は証言する。ただ、バイエルンの同僚たちは最後にスープを飲むレヴァンドフスキの姿を見ると、今でも首を横に振るという。

3.母国に自身の名前を冠した通りがある
 レヴァンドフスキはポーランド最大のスター選手であり、昨年、母国の街クジニャ・ラチボルスカの住民たちは通り名に彼の名前をつけた。それまでは、「ウォルター将軍」と呼ばれ、ポーランドの紙幣の肖像画に使われたこともあるカロル・スヴェルチェフスキ氏にちなんだ名前がついていたが、新たに「Roberta Lewandowskiego」という通りが誕生した。

4.妻は実業家
 妻アンナさんは空手の元ポーランド代表選手で、国際大会で銅メダルを獲得した過去を持つ。また、フィジカルトレーナーや栄養士としての顔も持ち、過去にはフィットネスやトレーニングに関する本を出版したこともある。現在は、食品事業やアプリ開発、投資など幅広くビジネスを行っているという。彼女のサポートなくしてレヴァンドフスキの成功は存在せず、あのジョゼップ・グアルディオラ監督も「私の監督キャリアで、最もプロフェッショナルな選手だ」と賛辞を惜しまなかった。

5.人生の転機となった“火山の噴火”
 現在はバイエルンでプレーするが、過去にはイングランド行きの可能性があった。イギリス紙『サン』によると、2010年にブラックバーン(現イングランド3部)への入団が決まりかけていたという。同クラブを率いていたサム・アラダイスが、ポーランドのレフ・ポズナンに所属していたレヴァンドフスキに目をつけ、獲得に動いたそうだ。しかし、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が大噴火を起こし、イングランド行きのフライトが欠航。代わりに、ドルトムント入団が決まった。「あれが人生を変えたか? おそらくそうだね」と、本人は当時を振り返っている。

6.プロデビューの舞台は3部リーグ
 今でこそ“世界屈指のストライカー”として認知されているレヴァンドフスキだが、決してエリート選手ではない。子供の頃からプロサッカー選手を夢見ていた同選手は、ポーランドの名門レギア・ワルシャワのセカンドチームへの入団を果たしたが、「実力不足」だとしてトップチームへの昇格を勝ち取れなかった。プロデビューを果たしたのは、3部ズニチュ・プルシュクフでのこと。しかし、そこで才能を開花させる。初年度からリーグ得点王に輝くと、クラブの2年連続の昇格に貢献し、ポーランドの強豪レフ・ポズナンへのステップアップを実現させた。その後、ドルトムントを経て、2014年からバイエルンでプレー。これまでに6度のブンデスリーガ優勝を経験し、3度の得点王に輝いている。

7.同時に4つのギネス記録に認定
 2015年9月22日に行われたブンデスリーガのヴォルフスブルク戦で、前人未到の快挙を成し遂げた。後半開始からピッチに立つと、51分からわずか4分間でハットトリック、さらに9分間で5ゴールを決める活躍を披露。後日、ブンデスリーガでの最速ハットトリック、最速4ゴール、最速5ゴール、途中出場選手での1試合最多ゴール、という4つのギネス記録を同時に認定された。

8.恩師はクロップ
 バイエルンでは、ジョゼップ・グアルディオラ、カルロ・アンチェロッティ、そしてユップ・ハインケスと名だたる名将たちの指導を受けてきたレヴァンドフスキ。ただ最大の恩師として名前を挙げたのは、ドルトムント時代の指揮官で、現在はリヴァプールを率いるユルゲン・クロップ監督だった。ある時には、2人で1対1のトレーニングを行うこともあったという。それも50ユーロ(約6300円)を賭けて。ただそのおかげで、「練習の重要性に初めて気づいた」と言い、「クロップは選手としての僕を形成してくれた人」だと感謝の言葉を口にしている。

9.文武両道を実現
 昨年10月、母国にあるワルシャワ体育大学の学士課程を卒業した。ポーランド3部リーグでプレーしていた2007年に同大学へ入学。サッカーをしながら、トレーニング理論やマネジメントを学んだ。その後、プロ選手になり、代表での活動などで多忙を極めたことから一時休学していた時期もあったが、入学から10年の歳月をかけて無事卒業に至った。卒業論文のタイトルは『RL9-栄光への道』。路上でストリートサッカーに明け暮れていた少年時代から現在に至るまでの自分自身のキャリアを振り返り、成功のきっかけとなった出来事などについての考察が書かれているという。

(記事/Footmedia)

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