レアル暫定監督に就任! ソラーリ氏について知っておきたい8つのこと

レアル暫定監督に就任! ソラーリ氏について知っておきたい8つのこと

レアルの暫定監督に就任したソラーリ氏 [写真]=Getty Images

 10月29日にレアル・マドリードの暫定監督にサンティアゴ・ソラーリ氏が就任した。初陣となった31日に行われたコパ・デル・レイ(スペイン国王杯)4回戦のメリージャ戦を4−0の勝利で飾ったアルゼンチン人指揮官について、知っておきたい8つのことを紹介する。

■銀河系軍団の一員
1976年10月7日生まれの42歳。アルゼンチンのロサリオ出身で、母国の名門クラブであるリーベル・プレートでプロデビューを果たした。その後、アトレティコ・マドリードに移籍したが、2部降格を受けて、2000年にレアル・マドリードに加入。ジネディーヌ・ジダンやルイス・フィーゴなどスター選手を揃えた“銀河系軍団”の一員として2度のリーグ優勝と1度のチャンピオンズリーグ制覇に貢献した。同クラブでは167試合に出場して17得点を記録している。その後、インテル、サン・ロレンソ、アトランテ、ペニャロールでプレーし、2011年に現役引退。アルゼンチン代表では11試合に出場したが、国際大会の参加歴はない。

■レアルで指導者キャリアをスタート
2013年、古巣レアル・マドリードの下部組織で指導者キャリアをスタートした。そして、2016−17シーズンにレアル・マドリード・カスティージャ(Bチーム)の監督に就任。3年目を迎えた今季は、スペインの3部に相当するセグンダBのグループ1で開幕10試合を終えて5勝4分け1敗、4位という成績を収めていた。今回がトップチームでの初指揮となる。

■クラブ史上4人目
アルゼンチン出身者がレアル・マドリードを率いるのは、今回で4度目のことになる。過去には、ルイス・カルニグリア(1957−1959)、アルフレッド・ディ・ステファノ(1982−1984、1990−1991)、ホルヘ・バルダーノ(1994−1996)の3名がレアル・マドリードの監督を務めた。

■ペレス政権での最年少監督
ソラーリ氏はフロレンティーノ・ペレス会長のもとでレアル・マドリードを率いる13人目の監督になるが、就任時の年齢は過去12人の誰よりも低い。2005年12月に同じくBチームから内部昇格を果たしたフアン・ラモン・ロペス・カロ氏の「45歳6カ月25日」がこれまでの“最年少記録”だったが、ソラーリ氏は「42歳22日」で監督を務めることとなった。

■叔父はJリーグで指揮
叔父は、アルゼンチン代表選手として1966年のワールドカップに出場したホルヘ・ソラーリ氏。1994年W杯ではサウジアラビア代表の監督を務めて、ベスト16進出という快挙を成し遂げている。その翌年に、横浜マリノス(現:横浜F・マリノス)の監督に就任。元日本代表GK川口能活をデビューさせた指揮官としても知られている。なおソラーリ氏自身も、2002年に来日。レアル・マドリードの選手として、横浜で開催されたインターコンチネンタルカップに参加した。

■最もセクシーな選手
現役時代には、洗練されたプレーだけでなく、甘いマスクでも人気を博した。2002年には、スペインの有料テレビ局『カナル・プルス』のユーザーによって、“最もセクシーな選手”に選ばれている。授賞の知らせを聞いた本人は次のようにコメント。「僕に投票してくれた人には感謝したい。でも絶対に仕組まれたものだよね。引退後に映画界からオファーがあるか楽しみにしよう」

■意外な才能
結局、俳優として声がかかることはなかったが、現役引退後に意外な才能を発揮した。コラムニストとして、デビューを飾ったのだ。スペイン紙『エル・パイース』で連載を持ち、定期的にコラムを執筆。サッカーをメインテーマに、古巣レアル・マドリードやスペイン代表のことなどを論じた。2015年まで続いたコラムは、読者の間で評判が良かったとされる。

■目指すサッカーは?
スペイン紙『アス』によると、監督として好むシステムは、4−2−3−1や4−1−4−1、また4−3−3になるという。Bチームでは、守備においては相手の攻撃を摘み、攻撃においてはビルドアップの起点となれる選手を中盤に1人配置。そして、マイボールを大事にしてパスを回し、高い位置に配置された両サイドバックを使った攻撃的なスタイルを選手たちに求めてきたようだ。ジネディーヌ・ジダン体制時やフレン・ロペテギ体制時に展開されたサッカーと大差はなく、極端なスタイル変更はない模様だ。

(記事/Footmedia)

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