【ライターコラムfrom磐田】再び点滅した黄信号に危機感…大久保嘉人「このままでは“ズタボロ”に」

【ライターコラムfrom磐田】再び点滅した黄信号に危機感…大久保嘉人「このままでは“ズタボロ”に」

今季途中に川崎から磐田へ移籍した大久保嘉人 [写真]=J.LEAGUE

 0−2と完敗し、ジュビロ磐田のJ1残留に再び黄信号が点滅した24日の北海道コンサドーレ札幌戦。試合後、大久保嘉人が一気にまくし立てた。

「次の試合は全員がゴール前に立って、守った方がいい。このままでは“ズタボロ”にやられる」。元日本代表ストライカーは、チームが危機的な状況に陥ったことに、感情を抑えきれなかった。

 第33節は13位の磐田が札幌に引き分け以上、もしくは14位湘南ベルマーレ、15位サガン鳥栖、16位名古屋グランパスのいずれかが敗れるか、12月1日の最終節で直接対決する湘南と名古屋がともに引き分ければ、磐田のJ1残留が決まっていた。だが、J1参入プレーオフへの出場を回避することは、他力でもかなわなかった。

 横浜F・マリノスを含めた5チームがプレーオフ行きの可能性がある最終節。磐田はまだ自力で残留を決める可能性を残すが、むしろ最も厳しい状況に立たされてしまったことは、大久保をはじめチームの誰もが感じていた。磐田の最終節の相手は、すでにJ1連覇を決めている川崎フロンターレ。大久保にとっては6月まで所属した古巣でもある。

「(川崎の)サブが出てきても、このままではやられる」と相手との実力差を認め、「川崎を100とすると、磐田の現在のチーム力は?」との問いには、「1」と言った。だが、たまっていたすべてを吐き出し、少し冷静になると、「でも修正する時間はある。守り抜くとか、はっきりさせてやることが大事。やるしかない」と大一番を見据えた。

 覚悟を決めて移籍してきたチーム。だからこそ、言わずにいられなかったのだろう。36歳の大久保にとって、磐田への移籍は大きな決断だった。川崎には2013年から4シーズン所属。13〜15年はJ1得点王に輝くなどキャリアの絶頂期を迎えたが、17年にFC東京へ移籍した。新たな挑戦だったが、サッカー観の違いなどに戸惑い、わずか1年で退団。今季、川崎に復帰した。だが、若手の台頭などもあり、出場機会は激減した。

 W杯ロシア大会開催による中断期間に入ると、得点力アップを目指す名波浩監督が熱望したこともあり、磐田からオファーが届いた。川崎に出戻ったばかり。家族の猛反対もあり、しばらく悩んだが、「悩み続ける中で、引退の文字も浮かんできたことは事実。年を取るのを避けることはできない」などと川崎の公式サイトなどを通じて心情を吐露した。J1通算200得点という節目が迫る中、周囲の批判を受け入れながら、川崎が合宿を行っていた北海道から磐田のキャンプ地、御殿場市に移動した。

 7月22日の札幌戦が磐田初陣。8月の2戦連発など、セレッソ大阪で一緒にプレーしたこともある名波監督の下、大久保が輝きを取り戻しかけた。だが、9月以降はチームも、大久保も苦しい戦いが続く。大久保の加入や新システム導入などで攻撃に力を注ぐ一方、守備とのバランスを崩した磐田は、ホームで名古屋に6失点を喫するなど勝利から遠ざかる。

 守備重視の“残留仕様”になった10月21日のV・ファーレン長崎戦で大久保は、7試合ぶりに先発から外れた。名波監督には「ストレスをためるな。攻撃では自由にやっていい。もう一度、自分を見つめ直せ」などと先発落ちの理由を説明され、中村俊輔からは試合中、「今は川崎の選手じゃない」と前線の選手でもきっちり守備をやらなければ磐田で生き残れないことを伝えられた。

 大久保の移籍直後、磐田と川崎は完全非公開で練習試合を行っている。その試合の大久保について、名波監督は「嘉人のプレーは気持ちがこもっていた」と話していた。そのときの思いをよみがえらせて、大久保はかつてのホームスタジアムである等々力のピッチに立つことができるか。

文=岩田大五

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