先輩・守田英正に続け! 無名から這い上がった流経大・佐々木旭がJ1王者・川崎入団内定を掴むまで

先輩・守田英正に続け! 無名から這い上がった流経大・佐々木旭がJ1王者・川崎入団内定を掴むまで

流通経済大から来季の川崎入りが内定した佐々木旭。写真:竹中玲央奈



“最強”のチームに無名に等しい選手が入った。

 川崎フロンターレが流通経済大・佐々木旭の2022年度加入内定を発表した。

「流通経済大のレギュラー選手」という文字列からはエリートの匂いが漂うことは間違いない。ただ、佐々木は決してその類の選手ではない。

 2020年に1年での関東2部復帰を果した流通経済大の左SBを担い絶対的な存在として君臨したことは事実だ。左サイドから攻撃を組み立てる技術や、ドリブル突破と両足のキック精度は2部では群を抜いていた。いち早く目をつけた山形に続き、G大阪、神戸、そして川崎と複数のチームから正式オファーを受けたが、それもこの1年で名を上げたから。

 高校まで全国の経験はなく、思い通りに事が進むサッカー人生ではなかった。

 中学時に在籍したEC JOGADOR は「ドリブル重視」(佐々木)で技術を重んじており、佐々木は卒業後の進路としてスタイルの近い静岡学園を志望していた。しかし、「練習を休んで受験勉強もしていた」にもかかわらず不合格となり、併願として受けていた埼玉平成高へ進む。

「同じチームから同級生ひとりが(静岡学園に)行けて、自分は落ちたんです。マジか、と。ぎりぎりの時期で練習参加できたのが埼玉平成でした。人工芝でしたし、ここにしようと」

 志望校に進めなかったことで失意の底に落ちたが、そこで佐々木を救ったのがとある人物の言葉だった。

「最初はサッカーもやりたくないと思っていました。でも、中学の担任の先生が『どこでやるかが問題じゃない、どう努力して上に行けるかだ』と言ってくれて。それで頑張ろうと思ったんです」

 師の一言が支えとなり、佐々木は腐らずサッカーに打ち込むと、最後のインターハイで転機が訪れる。「高校でプロになりたいと思ったけどなれるレベルでもないし、大学を決める時にもどこも声をかけてくれなかった」佐々木に、別の選手目当てで試合を見に来た大平正軌コーチが目をつけ、声をかけた。

 もともと技術を売りにトップ下やボランチを主戦場としていた佐々木は、流経大に入学後も中盤でプレーをしていたが、現在の左SBへポジションを変えたのは2年生の後期だ。これが二度目の転機である。

「自分が下のチームに落とされるかも、という噂があって。試合に出られないし、毎日怒られていたので覚悟はしていました。ただ、そこで伊藤敦樹さん(浦和)がCBになって左SBが空いたんです。出られるならどこでも良いと思って、やらせてもらいました」

 空きポジションに手を上げて“降格”を免れたが、この新境地で彼の資質を更に高めたのが、今年より京都を率いる゙貴裁氏だった。

 佐々木は言う。
「去年がなかったら自分はプロになることが出来てなかった。なれていたとしても下のカテゴリで、J1のチームにはいけなかったと思います。ここでプロになれたのばさんのおかげだなと」
 

 ゙貴裁コーチ(当時)はサイドバックに対して強い要求をしていた。

「ルーズボールになった時に、自分たちのボールになる前には走り出せと。それで入れ替わったらしょうがない、全力戻れば良いと。高い位置で好きなようにやっていいけど、取られたら全力で戻れ、と。ここで戻らなかったらMTGの映像として出てきて指摘されるので……。サイドバックには厳しかったですね。」(佐々木)

 とにかくアグレッシブに行き、ミスをしたら切り替えて戻る。この点を強調されてきた中で、゙氏は佐々木が中盤でプレーしていた時に見せることのなかったある特徴に気づいた。それが、豊富な運動量によって成し得る上下動と縦への突破力だ。

「もともと見せる場面は少なかったのですが、左サイドバックで上下動の機会が増えて。゙さんが『Jリーグでもそんなにいないぞ』と評価してくれました。」

 技術と走力が備わっている選手は希少だし、179cmとSBにしては高さもある。関東2部で佐々木の存在感は日に日に増していき、スカウトたちも彼を気にするようになった。そして2020年の全国大会 #atarimaeni CUPの初戦後に、川崎の向島建スカウトが声をかけた。練習参加をせずの即オファーだ。

「ボールを持った時に慌てないところを評価してくれて、サイドバックが年齢的にも高いので、長くフロンターレにいてほしいとも言われて。それに、入れ替わりだったので直接は見ていなかったのですが、守田英正さんが活躍していたので目標にしていました。そういう面でも大学に入ってからずっと行きたいと思っていたのがフロンターレ。決断まではすぐでした」

 川崎が同大学から選手を獲得するのは守田に続いて2人目だが、先駆者の活躍と貢献が記憶に新しいサポーターにとっては、当然期待が膨らむ。

 同ポジションの一番手である登里享平も31歳を迎え、負傷で開幕スタートに出遅れた。車屋紳太郎は今季、CBで勝負をするとのことだ。現在は本職ではない旗手怜央がこのポジションを務めるなど、手薄であることは間違いない。

 そういう意味でも、今季、佐々木が川崎の一員としてピッチに立つ機会が訪れる可能性は大いにあるだろう。

 無名から這い上がっていくストーリーの第二章は、ここから始まる。

取材・文●竹中玲央奈(フリーライター)

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