「信頼できた監督は一人だけ」稀代の名手バッジョが衝撃告白!名将サッキには痛烈皮肉「選手よりも戦術が重要だと…」

「信頼できた監督は一人だけ」稀代の名手バッジョが衝撃告白!名将サッキには痛烈皮肉「選手よりも戦術が重要だと…」

故障を抱えながら、アメリカW杯でイタリアを決勝進出に導いたバッジョ。(C)Getty Images



 元イタリア代表のファンタジスタ、ロベルト・バッジョが母国紙『La Repubblica』のインタビューで、現役時代を振り返った。『Football ITALA』などが伝えている。

 バッジョといえば、思い出されるのは1994年のアメリカ・ワールドカップだ。アッズーリの10番は、グループステージの不振から一変、決勝トーナメントに入ると5ゴールを挙げる活躍でチームを決勝進出に導く。

 だが、王国ブラジルとの決勝では、スコアレスのまま突入したPK戦で5人目のキッカーを務め、まさかの失敗。その瞬間、イタリアの敗戦が決まり、茫然と立ちすくむバッジョの姿は、サッカ―史に残る一場面となっている。

 くだんのPK失敗については、「まだ自分自身を許せない。あの日は自殺したかもしれなかった。何も感じられなかった」と告白した。

 そのアメリカW杯でイタリア代表を率いたアリーゴ・サッキ監督とは、確執が囁かれた。グループステージ第2戦のノルウェー戦では、守護神ジャンルカ・パリュウカが退場し、代わりのGKを入れる際、ベンチに下げられたバッジョが不満を露わにしたとも言われている。さらに、その2年後のEURO1996では、招集さえされなかった。

【動画】“稀代のファンタジスタ”ロベルト・バッジョのスーパープレー集はこちら!
 稀代のファンタジスタと選手全員に守備のタスクを負わせるゾーンプレスの生みの親では、やはりソリが合わなかったようだ。「彼は戦術が選手よりも重要であることを証明したかったようだが、(EURO1996でグループステージ敗退となり)準々決勝まで進めなかった」と皮肉った。

 インテル時代にはユベントスでも共闘した指揮官マルチェロ・リッピとの対立が取り沙汰された。だが、バッジョは「私は監督に反抗したことはない」と強調。そのうえで、次のように続けている。

「信頼できた監督は、選手と争おうとしていなかったカルロ・マッツォーネだけだ」

 元日本代表MFの中田英寿もペルージャ時代に指導を受けたマッツォーネ。ブレッシャ時代に師事したこの名伯楽とは、厚い信頼関係があったようだ。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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