世界を知る元ビッグクラブ指導者が日本の高校を率いたら… 「ネガティブな言葉が一切ない」指導とは?

世界を知る元ビッグクラブ指導者が日本の高校を率いたら… 「ネガティブな言葉が一切ない」指導とは?

チェフ(中央)やエミリアーノ・マルチネス(右)といった選手の指導にも携わったペイトン氏は現在、兵庫・淡路島の相生学院高サッカー部の指揮を執っている。(C) Getty Images




 ジェリー・ペイトン――元アイルランド代表でユーロやワールドカップに出場し、GKコーチとしてもアーセン・ヴェンゲル指揮下のアーセナルで15年間もGKコーチを務めた。そんな人物が現在、日本の高体連チームの指揮を執っている。いったい彼は、高校生にどのような指導をしているのだろうか。

取材・文●加部 究(スポーツライター)

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 相生学院サッカー部は、ジェリー・ペイトンを監督に迎えて数日後に練習試合を行なった。対戦相手は関西社会人の強豪チーム。さすがにパワーの差は歴然として1本目は、1-3でリードを奪われた。

 ところがペイトンは言った。
「全然悪い試合じゃない。これは勝てるよ」

 2本目が始まる前に、いくつかの修正ポイントを告げて選手を送り出すと、試合展開は一変した。2点差を跳ね返し3本目には逆転。最後は相手も意地を見せて4-4で分けた。

 常に隣で寄り添う上船利徳総監督が語る。
「とにかく問題解決能力が並外れています。GKとして、ずっと最後尾からハイレベルのゲームを見てきたせいか、見えている光景の次元が違う。毎試合ハーフタイムに助言をしてポジションや動きを修正すると、チームがガラッと変わってしまいます」

 ペイトン監督が着任以来、毎日が驚きの連続だという。
「相生学院には、僕と前任のゼムノビッチ監督が話し合って構築したプレーモデルがありました。それを尊重した上で、様々な提案をしてくれます。また実際にトレーニングに入ってからも、なぜ上手くいかないのかの分析と、どうしたら改善できるかの助言が、シンプルで実に的を射ている」(上船総監督)

 例えば、短期間で目に見えて向上したのが決定力だ。ペイトン監督は言った。
「シュートは60〜70%の力でコースを狙うんだ。強いシュートは防げるが、トップコーナーに行けば誰も止められない」
「スルーパスで一番大切なのは質だ。ここに通せばGKは出られない」
 
 世界有数の経験値や指導歴を持つ監督の言葉だけに、ケタ違いの説得力を持っている。
「しかもネガティブな言葉が一切なく、いつも“We can do it!”を繰り返しています」

 現在アストン・ヴィラで活躍しているエミリアーノ・マルティネスも、最初は筋肉が出来ていなくてパワー不足で出場機会を得られず苦悩した。若い選手がどんな成長曲線を描いていくのか。それを数限りなく見て来たから、どんなことを積み重ねていけばどこへ辿り着くかを熟知している。

「だから今出来なくても、まったく焦る必要はない。諦めずに続けていけば必ず伸びる。大丈夫、25歳の時には完璧になれる」

 ペイトン監督は、具体的な改善点や意識するべき点を端的に伝えながら勇気を与えている。その結果、自主トレに取り組む選手たちの拘るポイントも変わり、急速に質が高まっているそうだ。

 英国出身で大ベテランの新監督に語ってもらった。
「選手を育成していくのに、高校年代はとても重要です。伝えていくべきことは多岐に渡ります。パワーを増幅し、そのパワーを素早く使いこなせるようにする。左右両方の足を使えて、どちらからでもジャンプを出来るようにする。自分たちと対戦相手、双方のフォーメーションを理解し、ボールへの意思決定を素早く行なえるようにする。それぞれのポジションに異なる役割があり、状況に応じてパスのスピードや距離を正確に蹴り分けられるようにする……」

 一方で質の高いパフォーマンスを続けるには、技術や判断力と同様にメンタルの強さが求められると強調する。
「Jリーグでも欧州のリーグでも、ハイレベルな試合を保つには集中し続けなければなりません。それを成立させるのが負けない精神力、つまりタフなメンタルです。そしてそれを養うには、毎日のトレーニングで高い強度を保ち、良質なドリルに取り組み続けることが不可欠になります」

 相生学院の通信制だからこそ可能なプログラムも気に入っている。
「プロのようなスケジュールを組むことが出来る。柔軟なシステムなので、既にプロにチャレンジできる選手も出てきています。私も素晴らしい環境で、トレーニングや試合に臨みスペシャルな日々を送っています」
 
 同校では空き時間にセミナーを開催したり、地元の人々と交流をしたり多彩な活動を続けており、先日はペイトン監督も選手たちと一緒に名産のタマネギの栽培に汗を流した。短時間で効率的に勉強を進めながら、こうして人としての成長を促すプログラムも組み込んでいる。

 再び上船総監督が言葉を繋ぐ。
「日本ではミスをした選手が、それを引きずりプレーが消極的になってしまう傾向があります。でもジェリーさんは、公式戦でも紅白戦でも一貫してチームが勝つために次のプレーを良くすることだけを考えるように話しています。目の前の試合で全力を尽くし、足りなかったことは終わってからフィードバックすればいい、と。個々の役割が明確になり、紅白戦から実戦並みに勝負に拘ってプレーをしていれば、公式戦を迎えても不安はなくなります。自信のあるテストに臨む時は、緊張ではなくワクワクしますよね? たぶんこれからは公式戦になっても、そんな雰囲気に包まれるはずです」
 

 中学時代から注目されてきた選手は一人もいない。それが3年間で大学や社会人のチームとも互角の試合をするようになった。しかしさすがに経験値は埋まらず、大事な試合で不覚を取ることが続いた。

「公式戦では、圧倒的にゲームを支配しながら1つのミスで負けてしまった。でもジェリーさんが来てからは、シュートの確率が格段に上がり、負ける気がしなくなりました」
 
 ペイトン監督も、日本で高校選手権が異常な人気を誇る事情を知っている。
「昨年静岡学園が優勝した時に、メディアでも大きく取り上げられ、清水エスパルスの関係者も大喜びをしていました。もちろん大会には、ベストを尽くして100%の状態で臨むし、もし優勝出来れば素晴らしい快挙だと思います。しかしそれは相生学院プロフェッショナル・フットボール・アカデミーにとって最優先する目標ではありません。あくまでここでは目の前のタイトル獲得より、プロの選手たちの育成を優先して取り組んでいきます」

 淡路島を拠点とした斬新なプロジェクトは、着実に成果が見え始めている。そしてそこに世界を知る監督がやって来て、充実に加速がかかったようだ。

取材・文●加部 究(スポーツライター)
 

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