【関塚隆の目】前半は「出来過ぎ」。まるでクラブチームのような連動性だった【U-24日本】

【関塚隆の目】前半は「出来過ぎ」。まるでクラブチームのような連動性だった【U-24日本】

堂安(左)は2得点。特にチームとして同じ画を共有できた1点目は素晴らしかった。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)



 U-24日本代表はホンジュラス戦で3-1の勝利。10日後に開幕する東京五輪に向けて、非常に期待の膨らむ試合だったのではないだろうか。

 海外組が多いチームとあって、おそらくこの試合の主なテーマは、暑熱対策などのコンディショニング、そして1か月ぶりの公式戦で実戦感覚を取り戻すことのふたつだったように思う。

 その意味では、瀬古、旗手、三笘というACL組が合流できておらず、上田が負傷離脱していた状況だったにせよ、出場した選手にとっては良い調整の場となったはずだ。

 まず相手のホンジュラスについて言えば、前半はなかなかエンジンがかかっていない様子だったが、後半は迫力をもって仕掛けてきて、やはり本大会に出てくるだけの実力は証明した。途中から出てきた10番(リゴベルト・リバス)などは“本物”で、6月に戦ったガーナやジャマイカよりも一段上の印象を受けた。
 
 そんな相手に日本は、特に前半は「出来過ぎ」と言っていいほどのパフォーマンスを示した。判断スピードが速く、プレーは正確。蒸し暑い環境で素早いテンポの攻撃を何度も仕掛け続ける姿には、森保監督の下で進めてきたコンセプトの浸透を感じさせた。

 後方からのビルディングアップで数的優位を作り、幅を使いながらタイミングを見て相手の背後を突いて崩す。そうした連動した動きは、代表チームというより、まるでひとつのクラブチームのようだった。

 セットプレーのデザインが実った1点目も見逃せないが、2点目はとりわけ素晴らしかった。縦パスをインターセプトした冨安を起点に左サイドを崩すと、三好のスルーや林のポストなどで相手をかく乱し、最後は堂安が右足で決めたシーンだ。上背のあるディフェンダー陣に対して、選手たちが地上戦で同じ画を共有できていたはずだ。

 どの選手もモチベーション高く意欲的に臨んでいたのも好印象だった。もともとバックアップメンバーという位置づけだったフォワードの林は、無得点ながら相手の嫌がるプレーをし続けて、巡ってきたチャンスでアピールしていた。
 

 また右サイドの堂安は2得点しただけでなく、酒井宏樹がボールを失った瞬間にすぐに切り替えてボールを奪い返すなど守備でも献身的だった。田中碧と遠藤というボランチのふたりは6月に続き、攻守に渡って主導権を握っていた。

 そしてセンターバックの冨安は相手の縦パスを幾度となく潰し、攻撃の起点としても効果的だった。右利きながら左足で角度をつけてスムーズにサイドバックにパスを送る技術も見事。相手はなかなかプレッシャーをかけられていなかった。

 ただし後半は課題も浮き彫りになった。相手が人についてくるような守備に切り替えた影響で、少しずつパスにズレが生じていくと、リズムを崩していった。

 そうして押し込まれていくと、前線の立ち位置がハッキリせずコンパクトな陣形を維持できなくなり、ミドルサードのスペースを埋め切れていなかった。
 
 距離感というのは今日のテーマではなかったのかもしれないが、リズムを取れない時にどうチームとしてバランスを取っていくかは、改善すべき課題だ。

 もっとも三好から前田への1本のパスで崩すようなシーンや、相馬など交代選手が一気に入ってきた80分以降にはフリックのようなワンタッチプレーも見られた。そうしたオプションも見られ、リズムを取り戻して結果的に追加点を奪ったのは高く評価できる。

 6月にすでにオーバーエイジを組み込めた今回は、これまでの大会に比べてチーム作りの進捗状況は明らかに良い。大会前最後の強化試合となるスペイン戦でどれだけ通用するのか楽しみだ。

■プロフィール
関塚 隆(せきづか・たかし)/1960年10月26日生まれ、千葉県出身。現役時代は八千代高から早稲田大へ進学し、本田技研で活躍。91年に現役を引退し指導者に転身。母校の早大ア式蹴球部監督を経て、鹿島、清水のコーチを歴任し、2004年に川崎の監督に就任。10年からはU-23日本代表監督として指揮を執り、ロンドン五輪を経験。44年ぶりのベスト4へ導く。大会後、磐田、千葉で指揮を執り、18年に再び日本サッカー協会に入り、技術委員長やナショナルチームダイレクターを歴任した。

構成●サッカーダイジェスト編集部
 

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