【なでしこサッカー新時代】第3回 岩清水梓 (後編)|「WEリーグで、私自身の夢もかなえたいんです」

【なでしこサッカー新時代】第3回 岩清水梓 (後編)|「WEリーグで、私自身の夢もかなえたいんです」

2006年になでしこジャパンデビューを果たした岩清水選手。(C)SOCCER DIGEST



 「なでしこサッカー新時代」3回目のゲストは、日テレ・東京ヴェルディベレーザの岩清水梓選手。なでしこジャパンでも長く主力選手を務め、2011年の女子ワールドカップでは、世界一を手にしている。

 約20年間、緑のユニフォームに袖を通し続けたベテランが、名門の強さの秘密と、新たなリーグのスタート、そして目標を語ってもらった。

――なでしこリーグでは5連覇を達成するなど、常勝チームのイメージが強い日テレ・東京ヴェルディベレーザですが、練習は昔から夜間練習主体だったそうですね。

 環境面だけを比べれば、決して良いとは言えないチームでしたが、リーグの中では、最古参のひとつ。歴史もあります。

 私が入団した頃から「ベレーザっていうチームが(女子サッカー界の)トップであり、その座に居続ける」のは当たり前の感覚でした。日本女子代表=なでしこジャパンに選手がたくさん選ばれているのも、当然のことだと思っていましたね。「たくさんの選手が代表へ行くのが当然」になっているのは、他のチームにない部分だと思いますし、私自身も先輩から「ベレーザの選手たるもの……」という気概を受け継いでいるという自負はあります。環境が良くなくても、整っていなくても勝ち抜ける、特別な理由を作っていると思います。

――そして、下部組織である日テレ・東京ヴェルディ・メニーナから選手が次々に育つのも、偉大な先輩の背中を見ているからですね。

 入団してすぐに「ベレーザに昇格するのが目的のチーム」「日本代表を目指すような選手になる」ということを意識していたというか。その見込みが無かったら、中学3年生の時点で切られてしまうほど競争が厳しいんです。レベルの高いチームだったなと思います。

――岩清水選手を指導された寺谷真弓さんが監督の時に、メニーナからベレーザへの昇格条件を「トップですぐに試合に出られるレベルであるか」と語っていらっしゃいました。そうした厳しい目も力になりましたか。

 日々の練習の中でも「ベレーザに上がる意志」を求められていました。指導のなかでも、イージーなミスや、何も考えていないプレーは、特に厳しく指摘されましたね。2回同じミスをすると、すごく叱られました(笑)。何も考えていないか、修正できていないという証なんだと。おかげで一つひとつのプレーへの集中力がつきました。本当に1日1日が競争で、勝ち続けないとベレーザに上がれない。すごく濃厚な練習の日々でした。

――独特の練習メニューなどがあったんですか?

 基礎の部分はほとんど変わらないと思います。「ボールを止めて、蹴る」という基本のところにはこだわっていますね。それと、「どんなグラウンドであろうと技術を発揮できなければ、自分の技術ではない」ということは口酸っぱく言われました。試合会場が土のグラウンドや、ボコボコのグラウンドでも精度を上げなければいけないし、そういう基本的な取り組み方を見て、評価されていたような気がします。

――近い年代の選手との競争というのも、選手の力を上げるのではありませんか。

 私にとっては、同期のメンバーは、最大のライバルでした。今の若い選手は、同期と仲良く、和気あいあいとできていて、すごいなと思います(笑)。

 自分たちの世代は、競争意識が高くて、日頃からバチバチしていましたから……。同期の選手が試合に出て、自分が出られなければ、本当に悔しかった。追いつこう、追い抜こうという気持ちが芽生え、それだけを考えて練習に臨んでいたので、私にとっては、同期との競争が成長には必要不可欠だったんじゃないかなと思います。
 

――日テレ・メニーナ(当時)でプレーしていた2001年に、ベレーザの方でも選手登録されています。同世代のなかでは早いほうだったのでは?

 下部選手としての登録は、あんまり実感が沸かないんですよ。自覚できたのは、ベレーザだけの練習になってからですね。高校2年生(2003年)の時だったと思います。7人くらいが同時に昇格して、若い選手がごっそり上がってきたことで雰囲気も変わったし、昔からいた先輩方は大変な思いをしたんじゃないかな……。

――ベレーザの場合、そうした主力選手の代替わりでチーム成績が沈んでも、すぐにまた優勝争いできる位置に戻ってくるところがすごいですね。

 メニーナでは、技術が培われるだけでなく、「ベレーザはトップであり続ける!」というメンタルも育つと思います。「ベレーザに昇格すればOK」という選手はいなくて、「ベレーザで試合に出たい」「なでしこジャパンに選ばれたい」という気概が生まれる。より上の目標を持てる選手が多く集まるチームなので、そうしたメンタルの選手が経験を積むことで、ようやく優勝に手が届く位置まで戻って来られるのだと思います。

 私自身の体験でいうと、(澤穂希選手など主力が移籍した)2011年の頃は、すごく、もがいていました。後輩には、ずいぶん、厳しいことも言いました。言われる側は辛かったんですが、歯を食いしばってついてきてくれた選手が、高いレベルの選手に育っていると感じます。だからこそ、5連覇(2016~2020年)ができたと思います。

――若いころから、ずっと高い意識を持ち続けた岩清水選手だからこそ、代表でもチャンスを掴むことができたんでしょう。レギュラー定着のきっかけとなった2006年、熊本でのアメリカ戦は、主力選手の故障で、急遽回ってきた先発出場でした(セットプレーから先制点を奪うなど強豪相手に堂々と渡り合い、ポジション確保に成功した)。

 あの時は、なでしこジャパンに入ったばかりで、控えにいても「いつでも出てやるぞ」という怖いもの知らずの状態でしたね(笑)。そういった意欲が、良い方に出ました。(コーナーキックからのゴールは)「ボールが来れば行ける!」という、根拠のない自信もありました(笑)。

 でも今になって振り返ると、私が試合に出ている中で、周りの選手がすごくカバーしてくれていたから、自由にできたんだと思います。当時は、いっぱいいっぱいで、分からなかったんですが、先輩たちには感謝しかないです。

――あの試合をきっかけに、2年後の北京オリンピックを皮切りに、世界大会で主力としてプレー。女子ワールドカップ・ドイツ大会の優勝など、なでしこジャパンでも長く活躍されました。

 佐々木則夫監督のもと、自分も長い間、センターバックというポジションを任せてもらえて……。経験、年齢など、いろんなタイミングが重なり、みんながすごく良い時期に2011年のワールドカップで優勝することができた。自分にとって一番の思い出ですが、北京オリンピックの悔しさもつながっての優勝だったなと。

――2008年の北京五輪は、4位に終わりました。

 その4位があったからこそ、「メダルを獲りたい!」という気持ちが強くなりましたね。当時、ベスト4に残った4チームで、唯一、メダルを持って帰れなかったチームが私たちだった。その悔しさを初めて感じた場でもありました。代表チームにとっては、ターニングポイントだったと思います。

――逆に言えば、北京でメダルをとっていたら、進歩が止まった可能性もあった、と。

 メダリストになってしまえば、本当の意味でのチャレンジャーではなくなっていた可能性もあるのかな? と。2011年に女子W杯で優勝した後は、ロンドン五輪で改めて、勝ち抜くことの難しさを痛感しました。もし2008年にメダルをとっていたら、2011年の戦い方も変わっていたのかも。

――その2011年の優勝メンバーとは、東京オリンピック2020の聖火ランナー第一走者として再会しました。集まった時に、何か思い出話などが出たりしましたか?

 夜に集合して、朝、顔を合わせて「お久しぶりです」みたいな感じで(笑)。じっくりと話す時間はなかったんですけれども、集合しただけでうれしいですね、あのメンバーは。自分たちの中に刻まれた同じ時間があるので、誰と会っても笑顔になれるんです。すごく楽しい時間でしたし、やっぱり特別な仲間たちですね。

――なでしこの後輩たちも、この夏のオリンピックへチャレンジャーとして臨みます。メッセージなどありますか。

 アスリートにとって、オリンピックに出られるか出られないかで、人生は変わってくる大きなイベントだと思います。悔いの残らないようなプレーをやりぬいて欲しいです。そうすれば、きっとメダルは取れると信じています!

 それに、東京で開催されるタイミングで参加できるのは奇跡ですよね。自国開催ということで、注目度はすごく高いので、良い結果を残してもらって、9月に始まるWEリーグ開幕への弾みになってくれたら……という願いもあります。

――そして、今期に向かう岩清水さんとベレーザの近況も、お聞かせください。復帰初戦となった5月のプレシーズンマッチ、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦はいかがでしたか。

 自分の身体が、まだ100%には戻っていなかったこともあり、少し緊張しました。WEリーグ開幕に向けては、もうちょっと自信を取り戻してプレーしたいです。

 出産前から、WEリーグ初年度の目標に「息子と一緒にピッチへ入場する」を掲げています。息子と一緒に入場するためには、スタメンにならなくちゃいけない。若い選手との競争を勝ち抜いて、スタートからピッチに立てるように、今、モチベーションを高く保っています。

――岩清水選手と言えば、センターバックのイメージが強いのですが、今季は、ボランチでも、プレーされています。

 メニーナ時代から、サイドバックを時々やったことがあるくらいで、ほぼセンターバックでしたからね……。いろんな経験をしましたが、ボランチでのプレーは新しい景色を見ている感覚です。この歳になってチャレンジするというのもなかなかないので、すごく楽しく、充実しています。

――ベレーザもいい状態ですね。アルビレックス新潟レディース戦では、まるで「異次元のサッカー」をしているように感じました。今季から体制が変わりましたが、何かサッカーの質が変わった部分などはありますか?

 基本的には永田(雅人)ヘッドコーチに指導していただいています。求められるサッカーは変わっていないですが、メンバーが変わり、パーソナルの部分の特徴は変化がありましたね。代表活動もあり、チームの全体練習をやれる時間が短かいのは悩ましいですが、個々の実力は間違いなくあるので、準備期間が短くても、他との違いっていうのは見せていきたいですね。

――今季のベレーザのセールスポイント、ここを見てほしいという部分があれば教えて下さい。

 北村菜々美選手が加入して、スピードのある選手が多く揃っているんです。前のポジションの選手を筆頭に、スピーディーなサッカーを見せられるんじゃないかと思います。小林里歌子選手は、相手を見ながらの判断、プレーも得意です。ゴールへ迫るパワー、スピードは、見ている方にも喜んでいただけるはずです。

――では、最後に、岩清水選手のWEリーグ初年度への目標を教えてください。個人的には、ベストイレブンへの復帰(なでしこリーグ時代に13回獲得)も、目指してほしいところです。

 長くベストイレブンをいただいていた人間として、選出条件には、コンスタントに、長く、試合に出る必要があると感じているので、少し先の目標にします(笑)。現状としては、先ほど言ったように、子供と一緒に入場する。つまり、スタメンに選ばれるように頑張りたいです。

 もちろん、WEリーグという女子プロリーグが初めてスタートを切る年。全11チームの選手たちが「プロ」として高い意識で戦っていく。そういったライバルと、いい試合をたくさん見せたい。全チーム・全選手で、WEリーグを盛り上げていくという気持ちを持って戦いたいです。
 

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