U-23アジアカップ予選に臨む日本の中枢へ!大学No.1ボランチが魅せた圧巻のクオリティ

U-23アジアカップ予選に臨む日本の中枢へ!大学No.1ボランチが魅せた圧巻のクオリティ

U-22日本代表候補合宿での練習試合ではキャプテンも務めた松井。中盤を統率する役割を担った。写真;安藤隆人



1本目、4-3-3のアンカーとしてプレーした松井蓮之の左腕にはキャプテンマークが巻かれていた。

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 彼は2000年2月生まれ。2001年生まれ以降で構成するパリ五輪の世代ではないが、今回のU-23アジアカップが、五輪アジア最終予選を兼ねる大会ではないため、10月下旬から始まるU-23アジアカップ予選を日本はU-22代表で臨むことになった。そのため、21歳の大学ナンバーワンボランチが選出されることになった。

 法政大では押しも押されもせぬ大黒柱であり、来季の川崎フロンターレ入りが内定している松井は、アンカーとしても攻守においてこのチームの中心と言える存在感を放った。

 矢板中央高時代、彼は対人能力の高さが売りの『潰し屋』だった。エースキラーとしてボランチからCBまでこなす彼は、U-17日本代表候補にも選出されていた。だが、2017年3月のアメリカ遠征ではDF瀬古歩夢(セレッソ大阪)、鈴木冬一(ローザンヌ)らが躍動するなかで持ち味を発揮できず、その年のU-17W杯(インド)は招集外となった。

「あの時も僕が早生まれ(2月)として1学年下がメインの代表に選ばれた。でも、そこで『自分が代表に選ばれていいのか』とすら思ってしまっていた。もちろん実力不足もあったのですが、最初から自分に負けて特徴を出しきれないまま終わってしまったのが本当に後悔でした」

 この経験から彼は法政大に進んでも次に訪れるチャンスを掴むべく、重要なところで力を発揮できるメンタリティの強化と、自身のプレースタイルの進化に取り組んだ。プレー面ではボールを奪ってからのパス、ドリブルに着目し、映像などで分析をしながら、法政大のチームメイトである田部井涼(横浜FC内定)と何度も議論を重ね、フットボールインテリジェンスを磨いた。さらに視野を広げるトレーニングやゴールへのアプローチの幅を広げるトレーニングを工夫しながらこなした結果、大学サッカー界では攻守において絶大な影響力をもたらす選手にまで成長を遂げた。

 そして、チャンスはやってきた。
 

 今回はパリ五輪世代中心で構成され、実質2学年下の代表チームに加わる形となったが、年下の選手で同じボランチのポジションには、藤田譲瑠チマ(徳島ヴォルティス)、松岡大起(清水エスパルス)、田中聡(湘南ベルマーレ)、櫻井辰徳(ヴィッセル神戸)とすでにJ1で躍動し、中には不動のレギュラーの座を掴んでいる選手もいる。
 
 さらに『オーバーエイジ枠』で呼ばれた4人(角田涼太朗[横浜]、山原怜音[清水特別指定]、郷家友太[神戸])の中で、J1出場経験がないのは松井だけ。

 しかし、プレーを見るとそれはあくまでデータ上の数字であって、実力的にはこのチームの中枢と言っても過言ではないほどのクオリティだった。鋭い寄せで相手からボールを奪うと、ドリブルで一気に前線まで運んだり、パスを出してから前へランニングをして受け直すなど、法政大でいつも見せるプレーをする一方で、「プロで活躍している選手が多いので、ワンテンポ早いタイミングでパスを付けることも意識した」と背後から来たボールをダイレクトで縦パスを打ち込んで攻撃のスイッチを入れるなど、状況に適したプレーを見せていた。特に松岡とFW細谷真大(柏レイソル)との連係はスムーズで、2人の素早いアクションを常に見逃さなかった。

 2本目の32分までのプレーだったが、「新たなシステムをチャレンジした」と富樫剛一監督が語ったように、4-4-2ではなく4-3-3で臨み、2本目まで2-0(細谷の2ゴール)とリードを奪い、主導権を握った試合運びを出来たのも、アンカーとして攻守両面で強度と精度の高いプレーをし続けた松井の存在があったからこそでもあった。

「大学で技術面や切り替えの面で成長をしていると思うので、それをしっかり出せば前(U-17)の時のような失敗はしないと思っています。手応えというか、やるべきことをやることが必要だし、それ以上に年上である分、チームをまとめないといけないと思っています」

 今回のU-22日本代表合宿は10日をもって終了したが、前述した通り、26日からU-23アジアカップ予選がスタートする。26日にカンボジア、28日に香港と戦い、グループKの1位になれば来年の本戦に出場し、アジアの頂点を目指す舞台で戦うことができる。

 会場はJヴィレッジ。福島県いわき市出身である松井にとっては地元で、日本代表としてプレーできる大きなチャンスだ。

「五輪がない分、A代表につながるように全力を尽くしたい」と、その先にある未来へのいいスタートとなるように。彼は地元凱旋に向けて、さらなる成長への準備を推し進めている。

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)
 

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