【なでしこサッカー新時代】第5回 浜田遥 (後編)|「サッカーを通して恩返しがしたいと、ずっと考えていたんです」

【なでしこサッカー新時代】第5回 浜田遥 (後編)|「サッカーを通して恩返しがしたいと、ずっと考えていたんです」

キャンペーン使用球とともに笑顔の浜田選手。写真提供:PARK



 「なでしこサッカー新時代」第5回のゲストはマイナビ仙台レディースの浜田遥選手だ。

 先日、右ひざ内側の靭帯損傷と診断されため、手術に踏み切り、10週間ほど戦列を離れることになったが、この後編では、浜田選手の東北への感謝から、プロサッカー選手ならではの社会貢献活動、そしてなでしこジャパンへの想いを、語ってもらった。(※取材は9月22日に実施)


――WEリーグの特徴の一つが、秋に始まり、春に終わる秋春制です。客観的に見て、北のチームには不利なのでしょうか。

 雪が積もったら大変です(笑)。ただ、私たちはこれまで「夏に弱い」と言われてきたので、冬のシーズンが長い分、寒さに強いところを発揮できるというのは利点になります。雪がどの程度降るかは心配ですが、寒さは味方にできるはずなので。

――年末の皇后杯のように、雪が降るとわかっている時期は、どのように練習をしていたのでしょうか。

 温暖な場所に移動して、キャンプをしていました。今年の冬もどうするのかは、フロントの方々が考えてくださっていると思うので、安心して冬を迎えられます。

――浜田選手は、中学2年生でJFAアカデミー福島に加わって以降、長い時間を東北で過ごしてきました。東北、そして本拠地である仙台に対する想いは強いものがあるのではないですか。

 このチームは、10年前に東日本大震災があった時、たくさんの方が力を貸してくれた賜物です。ベガルタ仙台レディースという場所を作って下さり、今もこうやってチームが続いています。本当に感謝しています。

 これまでにも、たくさんの方々に支えてもらっていましたが、なかなか結果でお返しすることができていないんです。今年は震災から10年という節目の年でもありますし、宮城県の希望の星となれるように、優勝したいです。

――地元の方々の応援というのは、本当に力となるんですね。

 (東京電力女子サッカー部)マリーゼからや、ベガルタの時から支えてくださっている方から「応援しているよ」と連絡をいただくこともあります。恩返しのためにも、優勝したいですね。

――ピッチでの努力はもちろんですが、今シーズン、浜田選手は、女子プロサッカー選手として、東北と世界の子供たちのために、新しい社会貢献のかたちにチャレンジされているそうですね。

 はい、PARKさんの「Pass-A-Ball Project」の一環で、私のゴール数と、私が所属するマイナビ仙台レディースの勝利数だけ、ボールを寄付するというプロジェクトを立ち上げました。私の寄付したボールは、東北の子供たちと世界中の恵まれない子供たちのもとに届けられます。

 東日本大震災の当時、私は高校を卒業したばかりで、本当に何も考えられなくて、気がついたらもう10年経ってしまったような感覚です。「サッカーを通して、支えてくださった方、お世話になった東北の方に、自分が恩返しできることはないか」とずっと考えていて、今年こそは絶対に、行動に移そうと決めていました。そして、PARKさんの取り組みを知り、チャレンジしようと決めました。
 

――このプロジェクトを通じて伝えたい思いというのを教えてください。

 サッカーをまだやったことがない子供たちにもボールを届けることで、「サッカーって楽しい」と思ってもらえたら…あわよくばサッカーを始めてくれたらとても嬉しいですね。恵まれない子供たちにもボールを届けることで、そのボールを蹴っている時間だけでも楽しいと感じたり、友だちと話すきっかけになったり……。

 どこかで誰かが、ほんの少しでも明日に向けての楽しみになるようなきっかけを、サッカーボールで作ってもらえたら。それが叶ったら、サッカーで社会貢献ができるという証にもなるのかもしれません。

――このプロジェクトは、浜田選手がサッカーをする上でも、モチベーションにつながりますか?

 自分が点を決めたいという気持ちそのものは、去年から変わりません。ただ、「自分のゴールで遠い国の子供たちや、お世話になった東北の子供たちにボールを届けられる」「自分の決めたゴールで、誰かが笑顔になってくれる」と考えることで、「もっともっとたくさんゴールを決めたい!」という欲は大きくなっていますね。

――WEリーガーは、サッカー少女にとっての夢であってほしいですが、浜田選手にとって、理想像はありますか。

 例えば、私が小さい頃にあこがれた選手、下小鶴綾さん。ベガルタ仙台レディースでプレーしていた選手です(元なでしこジャパンのセンターバックでもあり、浜田選手の出身地にあるスペランツァF.C.高槻<現・コノミヤ・スペランツァ大阪高槻>でもプレー)。サッカーをしている時にキラキラ輝いていたのはもちろん、話をさせていただいた時に、すごく優しく接して下さって、こういう人になりたいなと思いました。

 私自身がそうだったので、プレーしている時の姿はもちろんですけれども、それ以外の部分でも子供たちが魅力を感じるような選手が増えてきたらいいですね。そうすれば、もっとWEリーガーになりたいという夢を持ってくれる子供たちが増えるのかなと思います。

――その先には、プロサッカー選手として世界の舞台にチャレンジすることを夢見る人もいるかもしれません。浜田選手は、東京五輪でも最後まで選考争いに加わっていらっしゃいましたね。

 初めてなでしこジャパンに招集されたことは、とても貴重な経験でした。選考争いに絡めたかどうかは分かりませんが、本気で代表を目指したのも初めてです。

 欲を言えば、五輪のメンバーに選ばれることで、応援してくださった方々に恩返しをしたかったのが正直な気持ちです。ただ、メンバー選考で落ちた際、たくさんの方から連絡を頂いたんです。「自分はこんなにたくさんの人に応援してもらっている」と再認識できました。もし次のチャンスがあれば、その時はぜひ選ばれて、「惜しかったね」ではなく「おめでとう!」と言ってもらえるように頑張りたいです。

――世界の舞台で勝負したいという気持ちも、強くなりましたか?

 強くなりました。この悔しさを成長に変えることで、次こそ、世界の舞台でプレーしたいです。諦めずに目標に向かって、自分がどれだけやっていけるかが勝負だと思っています。

――代表でプレーすることで「この部分に関しては、もう代表でも通じる」、逆に「ここを伸ばすべき」と感じた部分があれば、教えて下さい。

 正直に言うと、「通用する」と思ったところはひとつもないです。ただ、私の特長である「シンプルにラインの背後へ抜ける」という点は、抜けたタイミングを見逃さずに蹴ってくれる選手がたくさんいて、良さを引き出してもらえるという手応えがありました。自分が抜け出したいと思ったタイミングで要求すれば、ボールが来て得点を獲れることが多かったので、そこは自信を持ってやり続けたいです。

 足りない部分は、本当にたくさんあります。でも、足りない部分を考えるよりも自分の特長を信じてやり続けるほうが、自分の場合は合っているのかなと……。他の選手にないものを伸ばしていきたいですね。
 
――課題を指摘すると、すぐに取り組む浜田選手の「学ぶ姿勢」を高倉麻子前日本代表監督は評価されていました。監督やコーチからのアドバイスは、一度自分の中で消化して、取り入れてみようとされるのですか。

 はい、すぐに取り入れます。私はサッカーを理解していないと思うんです。だからこそ、チームメイトが自分の知らない角度から見たサッカーを教えてくれたり、アドバイスをくれたりするのは本当にありがたくて。そういう引き出しを意識して練習で取り組み、どんどん自分のものにできるようにしたいです。

――普段から、課題をノートに書き出して実行していらっしゃると聞きました。

 ノートに最終目標を書いて、その上で意識していることを書き出し、それを達成するために必要なことを書いて……という風に活用していますね。「今週の試合で、ゴールを決める」ことを目標にしたら、そのために日頃の練習から取り組むべきことをリストアップして書き出します。項目が多すぎると練習中苦労するので、いくつかに絞り、練習前や給水の時に自分で思い出しては、意識して取り組むようにしています。

――サッカー以外のことも書いてあるのでしょうか? 

 ピッチ外の部分でも、食事や、周りの人への接し方、道具をきれいに片付ける、といったことも意識しています。細かいところまでやり切ったと自分が思えるまで、こだわります。そこまでして、やっと自分で「運」が掴めるような気がしています。

――浜田選手のようなWEリーガーを目指す子供たちへ、伝えておきたいことはありますか。

 私たちのサッカーを見て楽しいなと思ってもらえるなら、それが一番うれしいことです。今は、新型コロナウイルスの問題があるので、なかなか一緒にボールを蹴ったりすることができませんが、サッカーを楽しむ気持ちを忘れず、ボールを蹴り続けてほしいです。

――ファン、サポーターの方へのメッセージをお願いします。

 私たちは、マイナビ仙台レディースという形になりましたが、今まで応援してくださった方々に、今年から新しく応援してくださっている方々に、面白いサッカーを見せられるように頑張っていきます。一番の目標はリーグ優勝なので、ぜひ一緒に戦ってください。


取材・文●西森 彰

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