村井チェアマンが明かす「ワクチン・検査パッケージの効果」と「観客上限なしへの展望」【J’sリーダー理論】
2021年10月28日 11時56分サッカーダイジェストWeb

「ワクチン・検査パッケージだから」来場したファン・サポーターも。ある意味、希望の光となるチケットだ。写真:Jリーグフォト
3点セット(観戦チケット、ワクチン接種証明書または陰性証明書、身分証)で観戦できるワクチン・検査パッケージの技術実証が、10月6日の名古屋×FC東京戦で行なわれた。国内のプロスポーツ界で初となるこの試みで得られた成果とは? 観客制限の緩和に向けた今後の展望を含め、村井チェアマンに訊いてみた。
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Jリーグは、新型コロナウイルス感染症対応ガイドラインを整備しながら有観客試合を運営してきました。結果、昨季の中断期間(4か月)後に行なわれた約1800試合でスタジアムでの集団感染はありません。
お客様への感染対策が行き届きつつあり、日本国民のワクチン接種率が6割以上に達しています。それを見越し、試合観戦の新たなステージに向けて相当前からシミュレートを重ねてきた我々は、感染症対策分科会の尾身茂会長からワクチン・検査パッケージ活用のコメントが出された9月3日を機に、そのプランの具体的な作成に入りました。
そうして練り込んだ案を、9月27日の西村康稔大臣との意見聴取の場で提出。Jリーグは10月初旬からワクチン・検査パッケージを活用できると発言しました。こうして名古屋グランパスが10月6日のFC東京戦(ルヴァンカップ準決勝)で技術実証をやると発表したのが9月30日。10月2日から専用チケットを発売(用意した約1800枚のうち約780枚が売れた)し、中3日で試合を実施できたのはJクラブの機動力があってこそだと考えています。もっとも、Jリーグとクラブが実施に向けて入念に準備した結果だったとも言えます。
率先してワクチン・検査パッケージを実施したのは、我々の組織内で「Jリーグはスポーツ界のファーストペンギンであれ」との意識を共有しているからです。「ファーストペンギン」とは、集団行動するペンギンの群れの中で、天敵がいるかもしれない海へ飛び込む最初の1羽を指します。つまり、「ファーストペンギン」には常にリスクが伴うわけです。
Jリーグは「ファーストペンギン」として、日本政府から大規模イベントの自粛要請が出る前日(21年2月25日)に4か月のリーグ中断を決定。2週間に1回のPCR検査、オンサイト検査、ワクチン・検査パッケージなど様々なチャレンジでリスクを排除することで社会に貢献するという役割を、我々が担っている自負はあります。実際、ワクチンの大規模接種会場がまだ見当たらない時にいち早く名乗りを挙げたのも、Jリーグのクラブでしたよね。
100㌫安全というチャレンジはありません。ただ、ワクチンを接種してもブレイクスルー感染の恐れがある一方、ワクチン接種者と非接種者で重症化する割合が「1:40」とのデータもあります。ワクチン・検査パッケージ採用に踏み切る社会的価値があるだろうと判断するうえでの裏付けが、この40分の1でした。我々は専門家のエビデンス(科学的証拠)に従って、様々なところで意見交換をしてきました。結果的にスタジアムでのクラスター発生はなく、その実績をベースにしつつ医師会と連係しながらワクチン・検査パッケージの活用に至っています。
“百聞は一見に如かず”で、試合当日、私は名古屋に赴きました。運営上いくつかの課題はありましたが、それも可能な範囲で修正(当初は義務付けられていた12歳以下の子どもの身分照会を止めるなど)。観客席を確認しても、気の緩みから大声を出すシーンは見受けられず、一般席のお客様も含め安全な観戦を実現できたと思っています。日本×オーストラリア戦で活用したワクチン・検査パッケージも大きな問題がなかったと報告を受けていますので、今後はコンサートなどのライブエンターテインメントや飲食店にも広がっていくのではないでしょうか。
今後の大きな試みとしては、ルヴァンカップ決勝(10月30日開催)。10月末まで大規模イベントの観客上限は1万人ですが、さらにワクチン・検査パッケージで1万人を特別席として用意する予定です。1万人規模のパッケージトライアルは次のステップに進むうえでも非常に重要です。ただ、これが成功したとしても、すぐさま「上限なし」を実現できるわけではありません。
現実的なのは段階的なステップアップ。開発が進む治療薬も、早ければ飲み薬などの認可が年内におりるかもしれないと言われていて、そうなればコロナの脅威は薄まります。ワクチン・検査パッケージのさらなる活用、治療薬の普及を念頭に置きながら、どのタイミングで「上限なし」に設定できるかを様々な角度からシミュレートしている段階です。
ただし冬になれば、気温が下がり、より乾燥します。窓を開けて換気する作業が地域によっては難しくなり、必然的に密の状態にやりやすい。感染拡大の要因が懸念される時期を迎えるので、第6波到来の可能性は否定できません。なので、楽観せずに一つひとつリスクを排除していく根気強さが求められます。
いずれにしても、我々は今後も「ファーストペンギン」の役割を果たしたいと考えています。名古屋×FC東京戦でのワクチン・検査パッケージについては試合当日、各局が報道番組のトップで取り上げたと記憶しています。スポーツという括りを飛び越えて社会面で大きく報道された点からも、大きなテーマに挑んでいる実情を理解してもらえたのではないでしょうか。実証実験で培ったノウハウを各界に報告し、皆様にもオープンにしたいと考えていますので、それを活用していただければ嬉しいかぎりです。
<プロフィール>
村井 満(むらい・みつる)/1959年8月2日生まれ、埼玉県出身。浦和高在学中はGKとして冬の選手権予選にも出場した。早稲田大卒業後、リクルートに入社。そこで執行役員を務めるなどして、14年1月31日、大東和美氏のあとを受けて第5代Jリーグチェアマンに就任し、現在に至る。
取材・構成●白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集長)
※本稿は、サッカーダイジェスト11月11日号に掲載された「J’sリーダー理論」の内容を加筆・修正したもの。
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