「ぜひ、やろう。即決しました」ベルギーSTVVの立石敬之CEOが明かす震災復興とJヴィレッジ復活への思い

「ぜひ、やろう。即決しました」ベルギーSTVVの立石敬之CEOが明かす震災復興とJヴィレッジ復活への思い

現役時代は東京ガスでもプレーした立石CEO。Jヴィレッジはやはり特別な存在だ。(C)STVV



「ここから、世界へ」を合言葉に、合同DMM.comがベルギー1部リーグに所属するシント=トロイデンVV(以下STVV)を運営し始めたのは、4年前のことだった。地方都市のシント=トロイデンとの絆を大事にしながら、日本サッカーのレベルアップに貢献することが、彼らのミッションだ。

 これまで14人もの日本人選手がSTVVのユニホームに身をまとい、本場の舞台で技を磨いて力をつけた。日本代表にGKシュミット・ダニエル、DF橋岡大樹、冨安健洋(現アーセナル)、MF遠藤航(現シュツットガルト)、鎌田大地(現フランクフルト)といった面々を送り出し、今季は7人もの日本人選手が所属している。

 STVVは14歳以下の選手、およそ150名を対象に「J-VILLAGEから世界へ―Jヴィレッジチャレンジpowered by シント=トロイデンVV」と銘打った“トライアウト”を実施することになった。これは2011年3月に起こった東日本大震災の復興支援の一環として福島県、Jヴィレッジと共に開催するもの。優秀な選手には、STVV所属選手とのオンライン交流イベント参加権の特典が与えられる(新型コロナウイルスの感染状況の好転・渡航規制の緩和時には変更される可能性があります)。

 この企画の話がSTVVの東京支店に来たとき、ベルギーで経営・強化の陣頭指揮を振るう立石敬之CEO は「ぜひ、やろう」と即答したという。

「私たちは日本人なので、Jヴィレッジに子どもたちがたくさん戻ってきて、宿泊しながらサッカーをすることで、少しでも役に立ちたいという思いがありました。実は、私がFC東京のGMを務めていた頃も、ずっとJヴィレッジの方たちと復興の話をしてたんです。『FC東京のキャンプでもやろうか』ということも話していたのですが、私が2018年にSTVVに来たことから実現しませんでした」

 日本代表や各クラブの合宿、全日本少年サッカーなどアンダーカテゴリーの全国大会、指導者や審判員の養成など、1996年開場のJヴィレッジは久しく日本サッカーの聖地だった。2002年のワールドカップに参加したアルゼンチン代表の合宿をずっと視察したり、S級ライセンスの取得に訪れたり、立石にとってもJヴィレッジは思い出深い場所である。
 
 また、現役時代は東京ガス、引退後はFC東京の強化部長、GMを務めた身としても、Jヴィレッジは関わりの深い施設だった。

「FC東京の成り立ちは、鳥原光憲さん(当時、東京ガスサッカー部長。後に東京ガス社長、会長)が東京電力に『一緒にサッカークラブを作りましょう』とお伺いを立てて、商社などのビジネスパートナーたちと共に作ったんです。つまり、仲間で作ったクラブだったんです」

 一方、Jヴィレッジは東京電力によって建設された施設だった。このような関係から、FC東京は事あるごとにJヴィレッジでキャンプを開いていた。しかし、東日本大震災によってJヴィレッジは閉鎖を余儀なくされ、原発事故の対応拠点に変わった。

 東京電力からJヴィレッジに出向し、震災当時は東京電力女子サッカー部マリーゼ(震災の影響により解散)の部長を務めていた溝口文博氏は長崎の名門、国見高校サッカー部が1987年の高校選手権で全国優勝したときのキャプテンで、DFの立石とは同期だった。

「溝口は本当にしっかりした男でね。全国大会で優勝するチームだけあって、国見の選手はやっぱり一癖も二癖もあったんですよ。それがまとまったのは溝口のおかげでした。震災直後はマリーゼの選手たちを全員連れて避難させて、溝口も福島から離れていたのですが、その半年か1年後に本人は戻ってましたからね。周りは『大丈夫か』と心配しましたが、『誰かがやらないといけない』と復興のために戻ったんです。

 彼は何度も東京に足を運んでくれて、『もう一回、福島のJヴィレッジを復活させたい』という彼の熱い思いが私にも伝わっていたんです」

 多くのクラブや選手たちが復興支援に力を貸した。FC東京も富岡町や須賀川市で子どもたちとの触れ合いの場を設けたり、被災地現場の視察に行ったりした。

「経産省出身でファジアーノ岡山のGMを務めた池上山六さんは非常に正義感の強い方で、震災後、国の仕事で復興支援を担当し、データを持ってJリーグの各クラブを周って『放射能の数字はここまで下がった。風評被害はまだあるけれど大丈夫なんだというのをニュースにして広めてほしい』と説いたんです。しかし、クラブとしては選手に対して『行って来い』とは言えなかった。そこで、FC東京では選手たちが自主的に行くという形をとって、現地に行っていたんです。交渉事も選手たちがやったんだけど、彼らだけだと分からないこともいろいろあるだろうから、フロントからひとり付けてやったりしてね。

 小笠原満男、中村憲剛、高橋秀人……。東北の復興というのはすごいたくさんの人たちが情熱を持って取り組んでいるんです」
 
 2018年、Jヴィレッジは全天候型練習場を設けるなどパワーアップして再スタートを切った。拠点を御殿場に移していたJFAアカデミー福島は、今年4月に入校した男子中学1年生よりJヴィレッジに戻ってくる。ハーフマラソン大会、ももいろクローバーZのコンサートといったイベントも開催される。

「つい最近なんですが、福島産農産物の輸入解禁をアメリカが決めました。これは明るいビッグニュースですよ。今回、福島県とJヴィレッジからこういう話がSTVVの東京支店に来たのは、私とは関係なくたまたまでした。しかし、前職の会社のこととか溝口のこととかもあって、すでに私の中ではJヴィレッジのことはやりたいという思いがありました。だから即決したんです。私も今回、Jヴィレッジに行きます。イベントに参加する選手たちのプレーを楽しみにしてます」

取材・文●中田 徹

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