欧州有力国がより優位な状況に!? W杯、異例の11月開幕は大会にどんな影響を及ぼすのか?

欧州有力国がより優位な状況に!? W杯、異例の11月開幕は大会にどんな影響を及ぼすのか?

11月18日に開幕するカタールW杯。果たして“冬開催”は大会にどんな影響を及ぼすのか。(C) Getty Images



 2022年に開催されるカタール・ワールドカップは、11月21日に開幕。決勝は12月18日という異例の日程で行なわれる。果たして、今回の冬開催はこれまでの夏開催とどのような違いが生まれるのか? カタールでのW杯予選取材歴もあるスポーツライターの加部究氏の見解は?

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「ドーハの悲劇」として語り継がれるアメリカ・ワールドカップアジア地区最終予選は、1993年10月15日から約2週間で集中開催された。10月のドーハは、当時の日本では遭遇することのない強烈な陽射しに覆われていた。試合は全て夕刻以降に行なわれたが、それでも第1試合のキックオフ時点では、ムッとする不快な熱風がまとわりついた。

 だがそれから1か月間で、カタールの気候は急変していく。2008年11月19日には、岡田武史監督が率いる日本代表が、同じくワールドカップ最終予選でカタールとのアウェー戦に臨み3-0で快勝した。もちろんナイトマッチだったが、試合の経過とともに急速に冷え込み、持参していたダウンジャケットを着こんで安堵した記憶がある。また年末にはアブダビ(UAE)で開催されたクラブワールドカップを取材したこともあるが、日中は半袖で過ごせても、夜になると軽い冬支度が必要なほど気温は急降下した。

 これまで初夏に開催されて来たワールドカップは、何度も気候の影響を受けて来た。1982年スペイン大会では、比較的涼しい北部の都市で1次リーグを戦った国がベスト4を独占。逆に南端で暑さの厳しいセヴィージャで3連戦をした優勝候補筆頭のブラジルは、2次リーグで敗れた。また1994年米国大会は、欧州への中継の都合から日中炎天下で開催されたので、韓国と対戦した西ドイツの選手たちなどは数十p先を滑っていくボールにも足を出せないくらいフラフラになっていた。

 だが来年開催されるカタール大会は、序盤で13時、16時のキックオフが設定されているものの、グループリーグ(GL)も最終戦になれば18時、22時のみになり、その先は夕刻以降に行われる。ノックアウトステージも含めて大半の試合は、初夏に開催されて来た過去の大会と比べてもコンディションを憂慮する必要はなさそうだ。真冬の欧州に比べれば多少強度を保つのが難しくても、開催国の気候が優勝戦線に多大な影響を及ぼすとは考え難い。
 
 むしろ明暗を分けそうなのが、チームとしての準備期間と選手たちの休養時間の短さである。従来のように欧州のシーズン終了後の開催なら、開幕まで1か月間近いインターバルがあるので、束の間の休養を含めて1〜2週間程度の準備期間を確保できた。だが今回は冬の開催なので、プレミアリーグを例に採れば、中断から約1週間で開幕を迎えることになり、欧州各国のリーグは大同小異だろう。
 
 要するに代表のチーム作りについては、21〜22年シーズン開幕前に決着がついてしまう。結局それまでの成熟度がモノを言うわけで、必然的に最近質の高い試合を繰り返して来た欧州の有力国の優位性は一層強調されることになりそうだ。

 ただし同時に重要なカギを握るのが、中心選手たちのコンディショニングである。過去にも露骨に明暗が分かれたのが2002年日韓大会だった。ワールドカップ開幕前のシーズンで圧倒的な存在感を見せつけたのは、レアル・マドリーを欧州王座に導いたジネディン・ジダンだった。そのジダンを攻撃の軸に据えたフランスは、ワールドカップとEUROを続けて制し、本来なら最高潮の時期を迎えるはずだった。ところがチャンピオンズ・リーグ決勝まで戦い抜いたジダンは、疲労を引きずったまま代表に合流し韓国との親善試合で故障。ワールドカップ本大会では辛うじて3戦目にピッチに立つが、太腿のテーピングが痛々しく、フランスはまさかのGL敗退を喫した。逆に日韓大会で母国ブラジルの5度目の優勝と得点王に輝くロナウドは、ほぼ2年間近いブランクを経て直前のシーズン終盤に復帰。フレッシュな状態でワールドカップに臨めたことが幸いした。

 欧州シーズンでは、強豪クラブほど過密日程を避けられない。だがあまりに好調なシーズンインを果たせた選手たちが飛ばし過ぎると、ワールドカップへ向けて落とし穴が待っているかもしれない。もっともそれ以上に懸念されるのが大舞台を経た後のシーズン後半戦で、トッププレーヤーたちの過度な疲弊は今後議論のテーマになるに違いない。

 もしこれが20世紀末あたりまでなら、ワールドカップで発掘された選手たちが、冬の移籍市場を賑わす事態は容易に想像が出来た。1998年フランス大会に初出場した中田英寿がセリエAに進出したようなケースだ。だがもはやJ2の磐田でプレーする伊藤洋輝を、ブンデスリーガ1部のシュツッツガルトが獲得していく時代である。カタールで輝いた選手が価値を高めることはあっても、そこで初めてショーウィンドウに乗るということは考え難い。

文●加部 究(スポーツライター)

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