【喜熨斗勝史の欧州戦記|第10回】松木玖生に「もったいない」という感情を抱いた理由。セルビアにおける16から18歳の実情とは――

【喜熨斗勝史の欧州戦記|第10回】松木玖生に「もったいない」という感情を抱いた理由。セルビアにおける16から18歳の実情とは――

喜熨斗コーチが、帰国した際に観戦した高校選手権について語った。



 セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第10回は、正月に開催された高校サッカー選手権で感じたことから、「日本サッカー界がこうなっていければ良いな」という希望について語ってもらった。
 
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 明けましておめでとうございます。今年はカタール・ワールドカップイヤー。年始は妻の姉が住む京都に挨拶に行き、清水寺や平等院鳳凰堂など日本文化のきめ細やかさ、自然と調和した美しさなどを堪能しました。セルビア代表コーチをするなかで、私自身が日本人として大事にしていくべきモノを改めて認識させてくれた有意義な時間となりました。

 正月の風物詩といえば、今年は十何年ぶりに高校サッカーの決勝戦をライブ観戦する機会にも恵まれました。ここから話すことは、決して提言ではありません。欧州至上主義でもありません。ただ、セルビアを拠点とする私自身が“日本サッカー界がこうなっていければ良いな”という希望や願望であります。

 青森山田高も大津高もオーガナイズされていて素晴らしいチームでした。そのなかで今季FC東京に入団する松木玖生選手を見ながら出てきたのは「もったいない」という感情です。

 20年以上のコーチ経験から自分よりも上手い選手と練習や試合をしないと成長速度が早まらないというのは肌で知っています。実際、セルビアでは16から18歳の間に他の欧州国に積極的に遠征し、自分たちよりも強い相手やアイデンティティの違う相手との対戦を多く組むようにしています。

 これは陸続きの欧州と、隣接する国がない日本では物理的に埋めようがない話なのですが“サッカーで生きていく”と決意している選手は、そうした環境を自ら作っていく、飛び込んでいくほうが将来的な成長度合いを大きくするのではないでしょうか。

 先日、フィオレンティーナからユベントスに完全移籍したFWドゥシャン・ヴラホヴィッチもそうですが、世界トップレベルの選手は、ただボールを扱うのが上手いわけではありません。コミュニケーション能力、歴史学、宗教学、経済学……。いきなり何も知らない海外に身を投じた場合、まず文化的相違に直面することが多いです。

 ですが、彼らは日常的に他国の人間と接して学ぶことで、いざ他国に移籍した時にマイノリティの立場になった自分をどうアピールするか、サバイブしていくかの術を身に付けています。それは人間として、選手としての成熟度を早めることにつながっています。

 物理的困難という意味では、日本代表も同様です。1月27日のカタール・ワールドカップ・アジア最終予選の中国戦。ワールドカップに出場するためには仕方がないレギュレーションですが、このレベルの相手と試合をしていても代表チームの強化にはならない。弱いチームに勝利したところで、欠点は浮き彫りにならないんです。

 ではワールドカップ予選以外の時は海外遠征を頻繁に行なえるかといえば、TV放送時間や国内でプレーする選手たちのコンディション、最近ではコロナの影響もあって、すべてがすべて可能なわけじゃないでしょう。

 しかし我々セルビア代表も昨年6月に日本で試合をさせてもらいましたが、どうしてもフレンドリーマッチとなれば主力の招集は難しくなります。長時間のフライトによる疲労、時差ボケによるコンディション調整など身体的な負担。もし、あの試合がセルビアや他の欧州国でできていれば、もう少し主力を招集できたかも……というもどかしい申し訳なさもあります。

 こうした地理的なディスアドバンテージを埋める代案や対策は、今後の発展のためにもサッカーに関わるすべての方で考えていかないといけない課題です。

 そして今回の最後は、18年来の盟友キング・カズについて触れさせて下さい。彼は今季からJFLの鈴鹿ポイントゲッターズでプレーします。いろんな意見があるでしょう。

 でも日本もセルビアの選手も総じて口にするのは「凄い」のひと言です。それは54歳でプレーしているからではありません。一流選手になればなるほど、地位も名誉も金銭も手にします。先ほどドゥシャン・ヴラホヴィッチの名前を出しましたが、いくら地位や名誉を得たとしても練習になれば他の選手と同じ練習を同じ量だけこなします。当たり前です。

 ですが多くの物を手にした選手たちにとって、日々の地道な作業を繰り返すのは実は難しい。いつでも抜け出せるのに、サッカーを追求し続けるメンタルをキープする大変さを知っているからこそ、プロ選手はカズに称賛を送ります。彼の挑戦がどうなるか、セルビアから応援しています。
 
PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月〜96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年〜99年:平塚フィジカルコーチ
99年〜02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年〜08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年〜14年:名古屋フィジカルコーチ
14年〜15年8月:名古屋コーチ
15年8月〜:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月〜12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月〜: セルビア代表コンディショニングコーチ

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