ビギナー向けの「マドリディスモ論」――クラシコ完敗でマドリーが失った“2つのもの”【現地発コラム】

ビギナー向けの「マドリディスモ論」――クラシコ完敗でマドリーが失った“2つのもの”【現地発コラム】

マドリーのファンは静かにプレーを見守ることが多いとバルダーノ氏は指摘する。(C)Getty Images



 バルセロナは敵地サンティアゴ・ベルナベウで、持ち前のフットボールを全開させレアル・マドリーに大打撃を与えた。シャビ監督率いるチームはクオリティの高いプレーを見せた。終始攻勢を仕掛け、堂々とした勝利(4−0)を収めた。

 バルサのフットボールはアリストクラシー的な威厳を感じさせる。サニェーラ(カタルーニャの旗)仕様のユニホームは、クラブを超えた存在であることを改めて認識させる。これらの要素は、結果以上にバルサの存在を正当化させる文化的な重みとしての役割を果たしている。

 対してマドリーは、スペインらしさに普遍性を見出す。“ロス・ブランコス”にとっては勝つことが最大の存在意義であり、スペクタクルを好むが、基準となるスタイルは持ち合わせていない。

【動画】バルサが怒涛の4ゴール!衝撃の結果に終わったエル・クラシコ
 特定のアイデアよりも選手のクオリティへの依存度が高いため、アルフレッド・ディ・ステファノ、ラウール・ゴンサレス、ジネディーヌ・ジダン、ルカ・モドリッチといったその時々の選手の名前がスペクタクルに置き換えられる。“非武装したカタルーニャの軍団”は、マドリーを征服することが大好きだ。一方でマドリーにとって何よりも屈辱的なことは、試合に負けることよりも、タイトルを失うことだ。

 マドリーは11日前にパリ・サンジェルマン相手に鮮やかな逆転勝利(3−1)を収めたばかりだった。しかしクラシコでは、試合内容だけではなく、取り巻く環境にも雲泥の差があった。サンティアゴ・ベルナベウは二重人格の持ち主だ。90分間のほとんどの時間帯においてまるで劇場の観客ように、静かにプレーを見守る。

「マドリーのファンは口をいっぱいにしているから叫ばない」と言い放ったのはフェレンツ・プスカシュ(1950年代後半から1960年代半ばにかけてマドリーで活躍した名選手)だった。マドリディスタは、あまりに多くのものを、そして良いものを見てきたため、すべてのものが物足りなく映るのだ。その状況に居心地の悪さを感じ、そして沈黙が無関心に変わることを恐れ、自己防衛のためにピッチを奔走し始める選手も少なくない。

 しかし、そんな静寂に包まれたスタジアムが、マドリーがビハインドを許すと、突然、スイッチが入ったかのように激変する。8万人の観客が群れとなって野蛮化し、逆転への機運が醸成する。選手たちの闘志に火がつき、相手チームは無力感にさいなまれたまま試合から消えるハメになる。サンティアゴ・ベルナベウが演出する逆転劇で、マドリーの伝統の強さを体現する十八番の一つだ。

 バルサは監督主導でチームが語られるのに対し、マドリーのそれは選手である。「ディ・ステファノのマドリー」、「イェイェ・マドリー」、「キンタ・デル・ブイトレ」、「ガラクティコ」はその代表格だ。逆にクラシコでカルロ・アンチェロッティが証明したように、監督は責任を取らされるために存在する。

 さらにマドリーはビッグなものを好む。だから目指すところが明確で、稀にしか目標設定を間違えることがない。他のどのコンペティションよりもチャンピオンズ・リーグにこだわり、他のどの選手よりもキリアン・エムバペにこだわり、他のどの欧州のスタジアムよりも最高のサンティアゴ・ベルナベウにこだわるのもそのためだ。

 どんなクラブも、歴史の重み、社会的背景、さらには差別化するためのライバルの選択によって、時間が形作った独自の魂というものを持っている。そしてマドリーには、その偉大さの中に、力を与えてくれる脈々と受け継がれてきた財産がある。

 マドリーはクラシコで2つのものを失った。1つは試合に負けたこと、そしてもう1つはビジネスの可能性だ。マドリーの選手は黒のユニホームを着用してプレーしたのは周知の通り。しかし試合後、私の孫はこの新ユニホームに見向きもしなくなった。特別な重みを持った宿敵との一戦で惨敗を喫したことで、呪われた代物に成り下がったためだ。これは7歳という孫の年齢を抜きにして熟考に値する問題だ。
 
 今日、フットボールのクラブの力学において、マーケティングは、経済的な観点からソシオに匹敵するほどの影響力を持つに至っている。ではマーケティング部門は何を売っているのだろう? 

 私の考えでは、その対象はクラブの文化そのものであるべきで、であればマドリーにとって白のユニホームはエスクード(エンブレム)と同じくらい、いやそれよりもと言っていいほど重要な要素であるはずだ。実際、誰もがマドリーと白色を結びつけるし、どのチームからも恐れられる対象になっている。だからこそ疑問に思うのだ。どうしてこれほどまでに偉大なものをみすみす葬り去るような真似をしてしまうのかと……。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79〜84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。


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