チェイス・アンリはいかにしてシュツットガルト入団を果たしたのか。尚志高での3年間の驚くべき“急成長”をひも解く

チェイス・アンリはいかにしてシュツットガルト入団を果たしたのか。尚志高での3年間の驚くべき“急成長”をひも解く

ブンデスリーガ1部のシュツットガルトがチェイス・アンリの加入を発表。尚志高にて入団内定記者会見が行なわれた。写真:田中研治



 同級生から遅れること1か月。本当の意味で尚志高から旅立つ日がきた。

 ブンデスリーガ1部のシュツットガルトは4月7日、U-21日本代表のチェイス・アンリを獲得したと発表した。契約は7月1日からの複数年。準備が整い次第渡独し、当面は4部リーグに籍を置くU-21チームでプレーする見込みだ。

 4月8日に行なわれた入団内定記者会見でチェイスは「正直、自分も実感が湧かない(笑)。ここまで来れるとは思っていなかったのでびっくりしています」と現在の心境を明かしつつ、「世界一のCBになって、CLに出て優勝することが目標」と今後の野望を力強く宣言した。

 また、自身の目標についても想いを述べ、「(フィルジル・)ファン・ダイクを超えるCBになりたい。CBだけではなく、自分はFWもやっていたので、どこでもできる選手になりたい想いもある。攻撃参加も持ち味。ファン・ダイクは攻め上がることがないので、そういう特長も出していきたい」と意気込みを語った。

 やっと決まったという安堵の表情と、これから始まる新たな挑戦に胸を躍らせていたチェイス。中学時代は無名の選手で神奈川県の街クラブ選抜に選ばれた経験しかない。決して、エリート街道を走ってきたわけではなかった。
 
「アンリは1年の時、染野唯月(現・鹿島)に(練習で)軽く捻られてましたから」

 尚志の仲村浩二監督がこう振り返った通り、入学当初は完成された選手ではなかった。人生が180度変わったのは尚志に進学してから。短所ではなく、長所を伸ばす。仲村監督や小室雅弘コーチは、選手の将来を見据えて伸び伸びとプレーさせ、ミスだけにフォーカスする指導はしなかった。1年次のチェイスを振り返り、小室コーチはこう証言する。

「最初の頃は体育座りして泣くこともあった。そのときに『できなくても気にすんじゃねぇ』って言ったんだけどね。確か、アンリがある試合で退場したんだ。綺麗な形でボールを奪えたけど、2回目は無理していって退場してね。その後に泣いてしまった。やっぱり、選手はちょっとしたことがきっかけで伸びる。俺は選手のいいところしか見ていない。悪いところがあってもいいところが上回ればいいじゃないって思う。だって、パーフェクトな選手はいないんだから。悪いところばかり指摘すると、選手は伸びないんだよね」

 多くの人に見守られながら、自分の武器を磨いていく。一からサッカーを教わり、まともに蹴れなかったキックも基本から鍛錬しつつ、長所である身体能力を生かした空中戦の強さやスピードだけは負けまいと懸命にプレーをしてきた。

 少しずつ自信を深め、3年生になってからようやくその努力が実を結ぶ。それまで負っていた怪我も癒え、シーズン開幕時からCBとして尚志の最終ラインに君臨。謙虚で素直な性格もうまく噛み合い、瞬く間に株を上げていった。

 7月にAZ(オランダ)のU-23と、ボルシアMG(ドイツ)のU-19で武者修行する機会を得ても、取り組みは決して変わらない。むしろ、意識がより高まったことで話す内容も変化。この頃から上のレベルを意識した発言も多くなった。
 

 昨夏のインターハイで尚志は初戦敗退と、チェイスはチームを勝たせられなかったが、秋にもう一度海外でプレーする機会を得た。シュツットガルトへの練習参加だ。2週間の練習参加を経て、評価を獲得した。

 その後は日本に戻り、10月下旬にはU-22日本代表の一員としてもプレーしながら卒業後の進路を熟考した。しかし、周りの選手たちが続々と行き先を決めていくなかで、肝心の進路が決まらない。2回戦でPK負けを喫した最後の高校サッカー選手権が終わってからも、正式なリリースはなされなかった。

 だからこそ、直近の3か月間は難しい時期だったと言える。所属チームが決まっていなかったチェイスは福島で調整を続けながら、さまざまなカテゴリーの代表活動に参加。その一方で、代表や高校年代で鎬を削った仲間たちが続々とプロの世界で新たなスタートを切っていた。

 U-21日本代表でチームメイトだった松木玖生(青森山田→FC東京)は、J1の舞台で開幕からレギュラーとして活躍。同じく代表でともに戦った甲田英將(名古屋U-18→名古屋)や中村仁郎(G大阪U-18→G大阪)もプロとして出場機会を増やしていた。
 
 だが、自身は流浪の身で、代表や選抜チームに行っても所属クラブは尚志のまま。選手権が終わったあとの1月、サポートメンバーとしてA代表候補の活動に参加して大いに刺激を受けたが、U-19日本代表でプレーしたときも高校選抜でキャプテンとして奮闘していたときも、心の中でモヤモヤが晴れなかった。

「早く出たいなって思いながら、同い年の選手の試合を見ていた。だけど、自分はまだ試合に出られていない」

 いつかは決まるだろうと心の中では思っていたものの、同級生の活躍に、はやる気持ちは隠せない。焦りと高ぶる感情とが交差するなかで、3月17日にU-21日本代表のドバイ遠征(ドバイカップU-23)のメンバーに選出された。

 久々に巡ってきた一つ上のステージで戦う機会。日の丸を背負って初めて戦う海外遠征でモチベーションは高かった。大会中に迎えた18歳の誕生日に話を訊いた際は笑顔に溢れ、表情はどことなく晴れやか。決して口にはしないが、進路がある程度固まったからこそ心に余裕が生まれていたのかも知れない。そうした気持ちの変化は試合にも表われる。

 ドバイカップU-23で1、2戦目は出番がなかったが、迎えたサウジアラビアとの優勝決定戦で先発出場の機会を得ると、最初は硬さも見られたが、時間を追うごとに安定したプレーを見せる。場慣れしたからでもあるが、試合開始早々にミスをしたビルドアップでも堅実に繋ぎ、空中戦や対人プレーでも強みを発揮した。

 U-21代表の大岩剛監督も「最後はちょっと頼りにしていた」と言うほど、試合中に大きな変化を見せていた。チームも1−0で勝利。チェイスにとって初めての海外遠征は、優勝という最高の結果で終わり、自身にとってもドイツでプレーするうえで自信を深める大会となった。
 

 こうして振り返ると、チェイスはこの3年間で誰もが驚くような成長を遂げた。尚志の雰囲気やスタッフのスタンスもプラスに作用し、今の自分が出来上がったのは間違いない。

 高校を卒業したばかりの若者にとって、いきなり海を渡る決断は簡単ではない。今まで以上に大きな壁にぶちあたるだろう。しかし、チェイスには困難を乗り越える力がある。英語が堪能な点も後押しになるし、何より前向きに捉えてトライできるメンタリティと謙虚な姿勢は異国の地でプラスに働く。
 
 ドルトムント時代に香川真司らを発掘し、現在はシュツットガルトでスポーツディレクターを務めるスヴェン・ミスリンタット氏も会見で「彼はコンプリートされている選手。性格がいいし、頭もいい」と期待を寄せている。ドイツの地でどんなプレーを見せ、どんな成長を遂げていくのか。チェイスの挑戦はまだ始まったばかりだ。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)

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