【アナリスト戦術記】ブラジル戦で露呈した“個人戦術”の差。遠藤航とカゼミーロでは何が違ったか?

【アナリスト戦術記】ブラジル戦で露呈した“個人戦術”の差。遠藤航とカゼミーロでは何が違ったか?

ブラジルと対戦した日本は0−1で敗戦。スコア以上に内容では差を見せつけられた。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)



 サッカーの奥深き世界を堪能するうえで、「戦術」は重要なカギとなりえる。確かな分析眼を持つプロアナリスト・杉崎健氏の戦術記。今回は“個人戦術”を取り上げる。

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 初回(柏レイソルの守備)と2回目(サガン鳥栖の攻撃)でチームの攻守をテーマにお届けしたが、今回は個人戦術にフォーカスしてみようと思う。このきっかけはいくつかある。まずは日本代表戦を見ていて思ったことであり、もう一点はアナリスト的思考を持つ人が増えてきたなかで違和感を覚えているからだ。

 6月のシリーズとして、キリンチャレンジカップとキリンカップの計4試合を行なった日本代表。結果は周知の通り、2勝2敗だった。すべて見たなかで、共通して感じたことがある。

 個人戦術の差とは何か、だ。個人技術は回答がすぐ出てくると思う。止める、蹴る、運ぶといった基礎動作から、パスやシュートなどの項目に分けてそのレベルがどうかといった具合に。戦術は、その名の通り戦う術であり、頭脳のことでもあると思う。その差とは何で分かれるのだろうかと。

 先日、事務所から自宅に帰る途中にふと感じたことがある。車の運転は、人によって違うなと。当たり前の話だ。荒い人もいれば、優しい人もいれば、緊張している人もいる。これは技術の差なのかと考えたのである。いや、もしかすると戦術に通じるものがあるのではないかと深く考察してみた。

 日本において車道で運転している人はみな、教習所で学び、免許を得て、車を買うか借りるかして乗っている。そうなると学んでいる内容は同じはずだ。改訂はあるものの、ほぼ同じ「教本」を見て学ぶ。
 
 それでも、公道では異なる運転技術を目にする。経験が違うから? 乗っている距離や回数が違うから? 取得した場所と運転している場所が違うから? それがそのまま戦術に通じるわけではないのだが、似た感覚を覚えた。運転技術を発揮するには、「視野」が非常に大事だということに。

 経験のある人は、常に前方の遠くを見ていると教習所で習った経験はないだろうか。経験が浅いとどうしても手前を把握するのに手一杯になるので、なるべく遠くを見るようにしましょうと。横や後ろから飛び出してくるかもしれないから、常に目視もして後方も確認しましょうと。似たような指摘を受けている免許保持者も多いのではないか。

 外から見ると、運転者の視野までは分かりづらい。首を振ってくれれば分かるが、目線だけで間接視野から把握できる人もいるため、外から運転手の視野をすべて見られる人はいないだろう。

 見えるのは車の挙動であり、それが運転技術によってなされていると判断する。だが実は、それをいかに発揮しているかは運転手の視野とそこから得ている情報量だと思う。
 

 前置きが長くなったが、これはサッカーの日本代表戦を見ていても感じたのである。個人戦術とは言葉だけだと難しく感じる人もいるだろうが、要は視野の持ち方に違いがあるのではないかということ。

 ブラジル戦は典型的に分かりやすいシーンがいくつもあった。アンカーの遠藤航選手がターンできたシーンは少なく、逆にブラジル代表のカゼミーロ選手はいとも簡単にプレーしているようにも見えた。

 例えばこの2人を比較しても、経験値が違うとは言い切れない。年齢も近しい。互いにヨーロッパで活躍しており、もちろんかたや欧州王者の主力ではあるが、サッカーの歴や経験という意味で大きく差があるわけではないと個人的には思っている。

 それでも、あれだけパフォーマンスレベルが違った。個人技術を生かすための個人戦術=視野が違うのだろうと。

 例えば74分のPKを与える直前のビルドアップのシーン。遠藤選手は一度も後ろを振り返ることなく板倉滉選手からボールを受ける。前方には5メートルほどスペースがあり、ターンすれば前に運べたはずだが、彼はリターンパスを選択した。

「見えていなかったから」であると推測する。その後、味方のパスが数本繋がるのだが、前を見た回数は1回だけだった。気付いた時にはカゼミーロがプレスにきており、GKに返さざるを得なくなった。そこからの流れで堂安律選手へのパスがカットされ、自陣ボックスへとショートカウンターを受ける。
 
 なんてことないシーンのようで、個人戦術=視野の確保とそれによる情報量が原因で生み出したとも言えるシーンであった。

 もちろん、カゼミーロもミスがなかったわけではない。ただそれは個人技術の話であり、個人戦術として彼はミスをしていなかった。常に準備をし、視野を確保し、読んでいた。これが差なのかと思わせるほどに。

 そうした個人戦術は、どうしてもディテールの話になりやすい。要は細かくなりやすいのである。自分だけでもなく、相手とスペースを見られるかどうか、そこから頭脳という意味での思考回路にまで及ぶ。だからこそ差が分かりづらいものであると理解しているが、これを強化するにはどうすれば良いのかと考えさせられる。
 
 一方で、もう一点と冒頭で記した、アナリスト的思考を持つ人が増えてきたなかでの違和感とは、こうした個人戦術の話が抜けている時に感じる。

 チーム戦術を見る人は、増えたと思う。システム、配置転換、攻守での使い分け、コンセプト化など。それを紐解こうと必死に見ている人も多くなったのではないか。非常に良いことだと感じるし、昔ではあまりなかった兆候だ。ただ、サッカーとはシステムで行なうわけではなく、人が行なう。

 Aチームが4−4−2で、Bチームが3−4−3だからかみ合わせ的に…といった論調はよく見られるようになったが、個人戦術を深堀りしたなかでの組み合わせの話は、多く見られるわけではない。

 前述のブラジル代表戦も同じだと感じている。ブラジルの選手と日本の選手の個人戦術の差に言及する人はどのくらいいただろうか。単に上手い下手ではない。それは技術であり、戦術ではない。ボールをもらう前のポジション、視野の確保、首を振ったうえでの情報処理、ボールを蹴った後のアクションと方法、ボールを奪うための思考と動き方などがそれだ。

 もちろん、もっとあるが、個人戦術とは見るべきものが多数ある。オンとオフにも分けられるし、選手本人に聞かないと分からないことも多々ある。頭脳の話なのだから。だからこそ、ここに焦点を絞って考えてみてはどうか。また一層楽しめると思う。

 アナリストとしてもこの観点を重要視している。互いの戦術がどうだったかを見るだけでなく、個人個人の考えはどうなのか、何をどう見たのか、物理的に見えていたか。これらなくしてチーム戦術を紐解こうとすると、落とし穴に正面から突っ込むようなもの。

 サッカーを見る能力を高めましょうと、とある授業を受け持ったこともある。その時に実習として分析レポートを作ってもらった時も、同じだった。互いのシステム、かみ合わせによって空く選手、それを使いこなせないチームと、封じ切るチームでした、のようにシステムありきで見ている人が多かった。これは冒頭の違和感そのものであった。
 
 サッカーを見るのに正解はなく、自由である。チームを見てもいいし、特定の選手を見てもいいし、雰囲気を味わってもいいし、楽しむのが一番だ。

 ただアナリストであれば、それらを高次元で扱わなければならない。つまり、チームだけでも、雰囲気を味わっているだけでも、楽しんでいるだけでも不十分で、「個人も」十分に把握する必要があることだと個人的に思っている。

 日本サッカーはレベルが上がっていると言われるが、ブラジル代表戦で見せつけられた。個人戦術の差はこんなにもありますよ、と。それを上げるには育成年代から「視野」を含めて良い教習所と教習者が必要だろう。運転技術と同じくらい運転戦術なる視野が大事なのだから。

【著者プロフィール】
杉崎健(すぎざき・けん)/1983年6月9日、東京都生まれ。Jリーグの各クラブで分析を担当。2017年から2020年までは、横浜F・マリノスで、アンジェ・ポステコグルー監督の右腕として、チームや対戦相手を分析するアナリストを務め、2019年にクラブの15年ぶりとなるJ1リーグ制覇にも大きく貢献。現在は「日本代表のW杯優勝をサポートする」という目標を定め、プロのサッカーアナリストとして活躍している。Twitterやオンラインサロンなどでも活動中。

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