エムバペはピッチだけでなく、ビジネスでも抜群の嗅覚を発揮。マドリーへの移籍拒否で見えた狡猾な“戦略”【現地発】

エムバペはピッチだけでなく、ビジネスでも抜群の嗅覚を発揮。マドリーへの移籍拒否で見えた狡猾な“戦略”【現地発】

新契約を結び、監督人事や補強について関与する権限を得たとされるエムバペ。(C)Getty Images



 昨今のフットボールは、感情的なニーズだけでなく、ビジネスライクな決断にも左右されるようになっている。キリアン・エムバペのパリ・サンジェルマンとの契約延長とレアル・マドリーからのオファー拒否はその二面性を如実に示すケースだ。

 今回エムバペが下した残留という決断について、道徳的な観点から擁護する者も批判する者もいる。この種の論争は問題の温度を沸点まで上げ、フットボールが常に話題の中心になる源泉にもなっている。周りに雑音があるほうがよく、それは最悪の事態においても通用する原理だ。

 プレミアリーグの誕生とチャンピオンズ・リーグのフォーマットの変更の背景には、それぞれヘイゼルとヒルズボロの悲劇と、ボスマン判決におけるUEFAの敗北という2つの危機的状況があった。そのいずれにおいてもフットボールは衰退するどころか、人気も商業的価値も飛躍的に高まった。

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 一方、ビジネスの論理は、お互い強烈な個性と主張を持っているメガクラブ同士による争奪戦と、瞬時にその綱引きを好機と捉えたビッグスターを引き合わせた。この1年間、エムバペはマドリーの獲得への意欲に乗じて、ただでさえ高かった市場価値を成層圏にまで押し上げた。

 エムバペはそれほどまでに非の打ちどころのないビジネスクリニックを行なった。ビジネススクールにおいてその偉業は金字塔として語られることになるだろう。

 根底にあったのは冷静さと狡猾さだ。メディアの前では、誰も傷つけないソフトな言い方を繰り返した。その実、解読が不可能なものばかりだったが、決断を先送りすることで自分に有利な状況に持ち込んだ。ピッチ上で活躍し続け、発言内容が矛盾をきたすことがなかった。話題の渦中に身を置き、日々過度な重圧がのしかかっていたはずだが、その複雑極まるバランス状態を維持し続けた。

ビジネスマンとして“エムバペカンパニー”を動かし、ストライカーとしては相変わらずのまばゆい輝きを放つ。「正真正銘のスターであれば、権力は選手に属する」。こうしてエムバペは、フットボールにおいて誰も逃れることができないメッセージの発信者となった。
 
 エムバペの移籍を巡る騒動は、驚きの連続だった。その発端が昨夏、マドリーが2億ユーロの獲得オファーを提示したことだ。契約が残り1年を切っている選手にこれだけの巨額資金を投じるというのは前代未聞の出来事だった。しかもさらに驚くべきは、数か月後にフリーで失うリスクのあるパリが、1ユーロも受け取らずにそのオファーを拒否したことだ。

 今回がそうだったように、あの時も理由を詮索する際に一般的な解釈がなされた。欧州スーパーリーグ構想をきっかけに深まったフロレンティーノ・ペレスとアル・ケライフィとの溝や、他のクラブなら断ることができないオファーを突っぱねたカタールマネーを後ろ盾にしたパリの傲慢さなどが論じられた。

 しかし実のところは、双方が十八番とするビジネスライクな考え方を優先させた結果だった。そしてどうやら今回の交渉に関わった第3のパートもそれは同様のようだ。
 
 マドリーのオファーは、今となっては完全に理にかなっていた。昨夏がアクションを起こすタイミングだったのだ。逆にパリはオファーを拒否することによって、1年間の猶予が与えられた。言うまでもなく底なしの資金力を持つクラブだ。金策を講じる方法はいくらでもあった。マドリーもまたその時点でエムバペを獲得するための多くの可能性を失ったことを悟ったのかもしれない。

 2021年、エムバペは喜んでマドリーにやって来るはずだった。しかし2022年、最後の決断は本人に委ねられていたにもかかわらず、移籍を見送った。どの角度から分析しても、このような形での騒動の決着はエムバペの鋭いビジネス嗅覚を明示している。

 新たに3年という短期間の契約延長を結んだのもその証だ。2025年、エムバペは26歳になっている。きっとペナルティエリア内と同じく、ビジネスにおいても今以上に嗅覚を磨いてその時を迎えていることだろう。

文●サンティアゴ・セグロラ(エル・パイス紙)
翻訳●下村正幸

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙のコラム・記事・インタビューを翻訳配信しています。
 

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