日本の首都のど真ん中で、子どもたちが豊かに成長できる「仕組み」【日本サッカー・マイノリティリポート】

日本の首都のど真ん中で、子どもたちが豊かに成長できる「仕組み」【日本サッカー・マイノリティリポート】

夕刻になってもまだ熱気が残っていた6月下旬の取材当日。コンクリートのグラウンドに子どもたちの賑やかな声が響き渡っていた。



 東京都千代田区というサッカーを楽しめる場所が限られた大都会のなかの大都会で、新しい文化を醸成しようと試みている育成クラブの経営者に話を聞いた。子どもたちが豊かに成長していける、どのような「仕組み」を作っていこうとしているのだろうか――。

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 東京都心のコンクリートジャングル。大小のビルが林立する一角に、フェンスで囲われたグリーンのそのグラウンドはポツンと現われた。

 最高気温が35度に近づいた6月下旬の午後、日陰ができた小さな片隅で強い日差しを避けながら、サッカーボールと戯(たわむ)れているのは、おそらく未就学の小さな子どもたちだ。続いて低学年とおぼしき小学生たちのクラスも始まった。楽しそうにワイワイ子どもたちがボールを追いかける光景は微笑ましいものであり、だからこそ心の声が漏れてしまう。

「ここが、芝生の上、だったらな」

 FC千代田の代表理事を務める中村圭伸(なかむら・よしのぶ)は、こちらのその声に隣で反応し、深く頷(うなず)いているようだ。視線をグラウンドの足下に落とせば、緑色に舗装されたコンクリートの上だとわかる。グリーンが印象的なこの空間は、統廃合された中学校のかつての校庭だ。

 FC千代田が活動拠点としている東京都千代田区は、皇居をぐるりと取り囲むように東京駅、有楽町、霞が関、永田町、半蔵門、九段下、神田、大手町などが位置する、日本の首都のど真ん中だ。FC千代田が使用できる天然芝のグラウンドは、千代田区内にはひとつもない。人工芝の施設も区営のフットサルコートが1面あるだけで、FC千代田は通常、舗装された小中学校の校庭などを借りている。

 人との縁で2013年からFC千代田のコーチとなり、14年から代表を務める中村が見据えているのは、地域の公共施設を有効活用しながら、地域の人や企業を巻き込み、地域の子どもたちを育てていける仕組み作りであり、ある種の街作りだ。中村はどうやって大都会のコンクリートジャングルから、新しい文化を育んでいこうとしているのだろうか。

 その光景を目の当たりにしたのは2006年8月26日、ミラノのサン・シーロ・スタジアムから宿泊していたホテルへ戻る途中だった。イタリアを指導者研修で訪れていた中村たち日本人コーチの一行は、ナイトゲームのイタリア・スーパーカップを観戦し終えたばかりだった。試合はイタリア代表のフランチェスコ・トッティらを擁するASローマが34分までに3点をリードするも、地元のインテル・ミラノがそこから4点を奪い返す大逆転劇だった。ポルトガル代表のルイス・フィーゴという中村の好きな選手が、延長戦で決勝ゴールを決めていた。

 熱戦の余韻が強すぎたせいか、中村たちは帰りの道に迷う。深夜の路上で右往左往しながら、たまたま出くわしたのが現地のタクシードライバーたちだ。見えてきたのは4~5人の運転手が乗客を待ちながら、サッカーボールを蹴っている光景だった。笑顔でパスを回している。

「これが本場というものか……」
 
 当時22歳の中村は、二重の意味で打ちのめされた。スタジアムでは熱狂的なサポーターたちに圧倒され、街中ではサッカー文化に圧倒されていた。深夜の路上で、いかにも楽しげにパス回しに興じるドライバーたちの姿が、ミラノの街にしっくり溶け込んでいたからだ。

 スポーツが人を豊かにしている街を、日本にも作りたい。そんな志を中村が抱くようになったのは、きっとあの日からだろう。

 FC千代田が育成しているのは、未就学児から中学生までの子どもたちだ。中村は「チャレンジにワクワクできる、キラキラした子どもたち」を育てようとしていると言う。

「ここではチャレンジしないことがミスなんです」

 そう呟く中村の隣で低学年の児童たちの練習を見ていると、子どもたちのハツラツとした声が聞こえてくる。

「オレ、やりたい!」

 賑やかな練習だ。子どもたちのワーワー言う声が、舗装されたコンクリートのグラウンドに響いている。

「よく聞こえてくるのは、やりたい! できた! と言う子どもたちの声です。できることを増やしていく。成長する楽しさを知ることが、ものすごく大事です」
 

 中村は20代後半のおよそ3年間、サッカーの指導現場から完全に離れている。自分が本当に好きなことはサッカーだけなのか? 視野を広げようとウェブ系のベンチャー企業に就職し、魅力的な多くの人々と出会うことになる。

 中村が魅力を感じる人々は、ある共通点を持っていた。それぞれ工夫を凝らし、知識をアイデアに変えている。中村はハッとした。まだ小学生だった頃、サッカーが上手い子から下手な子まで全員の力を合わせて、どう勝つか、中村は工夫するのが楽しくてたまらなかった。自分で好きなだけ工夫できるのが、サッカーの大きな魅力ではないか……。

 FC千代田は入団前の保護者向け説明会に力を入れている。保護者たちにはこう伝える。

「ここでは大人の知恵を押しつけて、子どもたちに勝利を追求させるような育成はしていません。結果はあとからついてきます」

 それこそ人間力が、FC千代田の指導者には求められると中村は言う。

「子どもたちを信じてあげられる。子どもたちを安心させて、チャレンジさせてあげられる。子どもたちに経験をいっぱい積ませてあげられる。そんな力です」

 人との出会いに、中村は恵まれてきたと言う。中学生年代で出会ったのが、中村が所属していたヴィヴァイオ船橋(千葉県船橋市)でクラブ代表を務める、サッカーを通して人を育てるマインドに溢れた渡辺恭男だ。もともと中学校の教師だった経歴を持つ生粋の教育者である渡辺がグラウンドに立ち、子どもたちを教えるときに見せる心から楽しそうな姿が、中村の脳裏に深く刻まれている。

「人は本当に好きな何かと出会うと、あそこまで心が豊かになる。渡辺先生が持ち続けている情熱に自分も触れさせてもらって、こんなに豊かな人生はないと感じました。サッカーは人生を豊かにしてくれるものなんだと」

 渡辺の出身校でもある市立船橋高に進学した中村は、そこで布啓一郎と出会う。高3の冬に全国選手権を制する代で、最後までAチームに上がれなかった中村は、布の指導を直接受ける多くの機会には恵まれなかった。それでも「ライフ・イズ・チャレンジ」という大切な言葉を贈ってくれた布は、格好いい大人の象徴だった。高校教師からU-16日本代表監督に転身し、Jクラブでも指揮を執るなど、布自身が体現していく「人生は挑戦」の精神は、FC千代田の「チャレンジにワクワクできる、キラキラした子どもたち」という育成像につながっている。
 
「サッカーすると何がいいの?」
「勝ちたいのは子どもたちでしょ。僕らは成長した姿が見たいんだよね」

 そんな言葉の数々で本質思考の力を学ばせてくれたのが、千代田区立麹町中学校で校長を務めていた工藤勇一(現横浜創英中学・高等学校校長)だ。

「テストで良い点を取らせることが学校の目的なのかな。違うよね。学びが楽しいと知ってもらうことだよね」

 前例や常識にとらわれず、次々に教育改革を進めていく工藤に強く触発され、中村はこう断言できるようになる。

「サッカーは豊かな成長のためのツールであって、目的は人生を豊かにしていくことです。サッカーも手段のひとつとして子どもたちを育てていきながら、素敵な時間の輪を広げていきたいです」

 FC千代田は、子どもたちがただサッカーを学ぶ場所ではない。ここでの経験を、自分の人生を切り拓いていく糧(かて)にしてほしい。中村はそう願っている。だからこそ――。

「サッカーを通していろんな体験ができることを、クラブの大きな魅力のひとつにしていかなければなりません」

 クラブが企画するのは、特別な体験につながるイベントだ。母の日が近づけば、FC千代田の子どもたちはフラワーアレンジメントをこしらえ、当日は手紙を添えてお母さんにプレゼントする。

 お母さんが泣いて喜んでくれた。もっと前から感謝の気持ちを伝えておけばよかったと、中村は中1の男子から報告を受けたこともある。
 

 今春巣立っていった中3の子どもたちは、卒団の節目にダンスの公演を行なった。公演直前には泊まりがけの合宿を張り、ダンスという身体表現を通して表現する楽しさや喜びを味わい、仲間同士で思いを伝え合い、絆を確かめる。公演当日は駆け付けた保護者に、感謝の気持ちを直接伝える。

「中3の子どもたちが号泣しながら、親御さんに手紙を読んだり、仲間同士でハグしたりする、そんな素敵な時間です。サッカーって88分は、ボールに触らないスポーツじゃないですか。ボールには触ってないけど、誰かのために走ったり、チームのために献身したりしています。この88分の意味って、実はサッカー以外の何かを通したほうが、より伝わるんじゃないかと思います」

 FC千代田はこうした「サッカー×○○」の複合イベントを企画し、お膳立てを整える。フラワーアレンジメントは先生を招き、卒団公演は「TO MY HERO project」というプロ集団の力を借りる。

「FC千代田は、クラブ外のメンタル、食育、フィジカル、表現コーチなど専門家の方々を積極的に頼りながら運営しています。僕らだけでは提供しきれないものを、子どもたちにどんどん注入していきたいです」

 今後の課題は、地域の企業とどう連携していくか。千代田区内に本社を構え、日本全国の図書館で設備やシステムを整える「キハラ株式会社」とは、たとえばFC千代田の子どもたちが未来の図書館や、新しい形の図書館を考え、大人たちとアイデアをシェアするといった構想を温めている。中村はこう願っているようだ。思いを共有できる地域の仲間を増やして、地域で子どもを育てていく、そのひとつのモデルにしていけたらと。

 FC千代田のFCは、実は「フットボールコミュニティ」を略したものだ。代表理事の中村は、「子どもたちの居場所」にできるコミュニティを増やしていくことが、クラブの使命だと受け止めている。

 厚生労働省の資料(令和3年「人口動態統計」)によると、10~14歳の死因は自殺がもっとも多い。文部科学省の資料(令和2年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」)によると、2020年度の小中学生の不登校は過去最多の19万6127人を数え、10年前の11万9891人から大幅に増えている。

「こうした問題の一因となっているのが、家庭のほかには学校しかない子どものコミュニティ不足だと思います」

 そう語る中村は、解決策につながるイメージを持っている。ヒントをくれたのは千代田区立麹町中に勤務していた頃の工藤校長だ。工藤は自身の著書『学校の「当たり前」をやめた。』に、「小さな学校」構想を記している。その書籍から引用する。

「例えば、午前中は、従来型の学校の学びを行い、午後からは民間の力を借りて“課題解決型学習”――中略――の形で学ぶ授業を充実させ(ここまでが教育課程内)、その後の教育課程外の時間については、部活動も含めて――中略――さまざまな講座を開設するという構想です。そこには市民・区民も参加することができるようにします。生徒は多様な大人と共に学ぶことができます」
 
 麹町中の部活動改革に携わらせてもらった中村は、工藤が次のように語っていたのを覚えている。

「学校には校庭も、音楽室もプールも調理室もある。子どもたちの人間関係を多様化できるコミュニティが、学校のなかにいっぱいあれば理想だと。なるほど、その通りだと思いました」

 千代田区内で子どもたちがスポーツを楽しめる場所は限られている。公共の学校施設をより活用できるようになれば、FC千代田も活動の幅を広げていける。

 行政のより大きな理解を得て、公共施設を有効活用しながら、地域で子どもたちを育てられる仕組みを作っていくために、コツコツ勉強するのが苦手だったと打ち明ける中村は、現在大学院に通って公共政策を学んでいる。

「現在のフットボールコミュニティを、まずはこの先10年でスポーツコミュニティにしていくのが僕らのビジョンです。もちろんスポーツだけにこだわる理由は、どこにもありません」
 

 記憶に強く残っているのは、ジュニアの1期生たちが公式戦初勝利を収めた日のことだ。試合後、中村が目を凝らすと、応援の保護者たちが涙を流して喜んでいる。それまでのおよそ2年間、練習試合を含めて大差で負け続けてきたので、1勝の重みが違うのだ。

 前述した入団前の説明会では、保護者にこう伝える。お子さんの友だちのプレーをよく見てあげてください。友だちが上手になっていたら、お子さんに教えてあげましょう。ここでは子どもたちに、お互いに認め合うことで仲間になれると伝えています。子どもたちにとって一番身近な大人が、その認め合いを具現化できていなければ、子どもたちは本当の仲間同士になれません。

 公式戦初勝利の涙は、格別なものだっただろう。保護者の皆さんが子どもたちの良き手本となっているのは、中村は以前からの応援の様子でわかっていた。

 ジュニアの1期生は最終的には6人だった。中村がこの6人に伝えてきたのは、サッカーの本質だ。

 中村にとってのサッカーは「自分のアイデアを自分で実行できる遊び」にほかならない。そうした本質に触れてこなかった子どもたちを、中村は遠巻きに、嫌というほど見せられてきた。大人の言う通りにしていたら、褒められる。褒められるから、言う通りにしてきた子どもたちだ。

 中村が刺激したのは、1期生たちの好奇心だ。どうやったら上手くなれるか、好奇心を刺激された子どもたちが目の色を変えたのを中村は覚えている。
 
「一人ひとりがバラバラに、ちゃんと好奇心を追求できたから、公式戦で初めて勝てたのだと思います。自分たちで考えたアイデアを実行して、成功したときの楽しさを知った瞬間から、あの子たちは成長しはじめていたんです」

 その1期生のなかから、FC千代田の活動を手伝う者も現われた。ひとりは慶應義塾大女子ソッカー部でプレーしながら、FC千代田でコーチを務めている。

 中村は言う。

「好きなことに人は一生懸命になる。子どもたちの好奇心を刺激してあげれば、サッカーが好きになって、それぞれが勝手に個性を伸ばしていきます。そのうち勝手にチームになって、勝手に勝ちはじめます。この“勝手に”という環境を、地域でどう作っていくか――」

 優れた仕組みを作り、優れた文化を地域に醸成できれば、サッカーに限らずスポーツに限らず、人は勝手にすくすくと育っていく。コンクリートジャングルの片隅で中村はそう確信しながら、この命題を全力で証明していくつもりだ。
(文中敬称略)

取材・文●手嶋真彦(スポーツライター)

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