内田篤人、長友佑都、酒井宏樹から得た「大切な財産」とは? 酒井高徳が語る偉大な3人とのライバル関係

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AIざっくり要約

  • サッカー選手の酒井高徳は、内田篤人、長友佑都、酒井宏樹との出会いから学んだことを大切な財産だと語る。
  • 酒井選手は3人から個性を盗もうとし、発言から成長を図った。国際経験も豊富な自身のキャリアを回想する。
  • 酒井選手はJリーグ屈指のDFとしての実力とメディアへの対応を誇り、引退まではファンに覚えてもらえる選手でいたいと語った。

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内田篤人、長友佑都、酒井宏樹から得た「大切な財産」とは? 酒井高徳が語る偉大な3人とのライバル関係

酒井自身の「成功の基準」とは? 写真:梅月智史(サッカーダイジェスト写真部)



 フットボーラー=仕事という観点から、選手の本音を聞き出す企画だ。子どもたちの憧れであるプロフットボーラーは、実は不安定で過酷な職業でもあり、そうした側面から見えてくる現実も伝えたい。今回は【職業:プロフットボーラー】酒井高徳編のパート4だ(パート5まで続く)。

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 「自分は成功者ではない」と言い切る酒井高徳選手にとって、「成功の基準」とは何なのか。

「キャリアが終わるまで分からないですよね」

 確かに、この質問は現役を引退した選手に訊くべきなのかもしれない。それでも持論を展開してくれるところが、プロの戦士、酒井高徳である。

「子どもたちによく言うんですよ。プロになるのは難しいけど、それ以上に難しいのがプロであり続けることだって。僕の経験上、そこを理解できていないルーキーは少なくないですね、高卒も大卒も同じように」

 高校・大学時代に「超逸材」と騒がれていた選手がプロの世界ではパッとせず、いつしか消えてしまうケースは多い。

「プロになれて、お金をもらえた。余裕がある、時間がある、遊ぼう。毎年、そうやって潰れる選手が何百人もいる事実から察すると、プロとしての自覚が足りないのかなと。これはサッカーに限った話ではなくて、どのスポーツ、どの職業においても当てはまります。結局、そういう人はそこまでで、僕はその部類の選手たちと違う頑張りをして、ここまでプロフットボーラーを続けてきました」

 ただ、ここからパフォーマンスを落としたら意味がないと、そういう覚悟が酒井選手にはある。

「どんどん落ちて行ったら酒井高徳という選手を覚えている人は段々と少なくなります。引退まで試合に出続けて、活躍できればそうはならない。じゃあ、何が成功かと言われれば、ひとつは最後までみんなに覚えてもらえるような選手でいることかなと」

 それを聞いて、「相当ハードルが高い」と思った。引退するまで活躍できる選手なんて、ひと握りしかいないからだ。
 
 もっとも、これは酒井選手が考える「成功の基準」の“ひとつ”で、そこから見えてくるのはプロとしての彼の生き様。誰よりも自分に期待し、そして厳しく接してきたスタンスが見え隠れする。

 あえて“ひとつ”と強調したのは、酒井選手自身の「成功の基準」は別にあるからだ。

「自分に限った話をすれば、僕はもう成功者になれない。ヨーロッパのビッグクラブでプレーする夢をここから叶えるのは正直、難しいです。その意味で、僕は成功者ではないんです。夢を実現させた人が成功者なんじゃないですか。とにかく日本で何か成し遂げることは可能なので、引退するまで全力を尽くして、最後笑って終えられた時に初めて、『ちょっとは成功したかも』と言えるかもしれませんね」

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 酒井選手がここまで15年以上もプロキャリアを続けられた背景には「恵まれた出会い」もあった。

「思い返してみると、出会いに恵まれたサッカー人生でした。今まで関わってきた全ての人たちの言動が大切なものになっています。その人たちとの思い出、その人たちから学んだことがベースになって、そこの上に自分が立っている感覚です。色んな選手を目標にし、色んな言葉を吸収してきた。彼らなしにプロ生活は成立しなかったし、出会ってきた人たち全てが僕の指導者みたいな感じです」

 振り返れば、日本代表では長友佑都、内田篤人、酒井宏樹といった錚々たるメンバーとポジション争いを繰り広げた。酒井選手曰く「その経験はとてつもなく大きかった」。

「それぞれ個性があって、彼らのストロングな部分を盗もうとしました。どうやったらこういうプレーができるのか、篤人くんに訊いたり、佑都くんと話したり、宏樹に相談したり、そういうコミュニケーションを密に取っていました。選手としても人としても尊敬できる3人と深く関われて、本当に有り難かったです」

 そして「篤人くんなんかいまだに…」と言って、酒井選手は屈託のない笑顔を見せる。

「なぜか僕のことを褒めてくれる(笑)。『高徳、凄いよ。俺はあれできないもん』って。いやいやいや、そんなこと言わないでよって感じですよ(笑)。佑都くんも『お前、あれ凄いよな』って。そうやって観察しているってことは僕から何かを盗もうとしているわけで、その志が素晴らしいんです」
 
 酒井選手の言葉は、さらに熱を帯びる。

「ポジションは違いますが、(本田)圭佑くん、岡崎(慎司)、長谷部(誠)さん、(川島)永嗣さんらとも話して、彼らの発言を吸収して成長しようと考えていたので、そういう機会に恵まれたのが本当に良かった。

僕は彼ら3人とライバルとして競えた部分はありましたけど、それ以上にあの人たちと出会って、学べたことがいっぱいあったので、その時間は大切な財産になっています」

<パート5に続く>

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェストTV編集長)

<選手プロフィール>
酒井高徳(さかい・ごうとく)
1991年3月14日生まれ、新潟県出身。176センチ、74キロ。三条SSS-レザーFCJrユース-新潟ユース-新潟-シュツットガルト(ドイツ)-ハンブルク(ドイツ)-神戸。ワールドカップ参戦2回(14年、18年)。12年のロンドン五輪にも出場と、国際経験が豊富。Jリーグ屈指のDFで、プレーはもちろんメディアへの対応も一流である。

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