【川崎/2006〜2010年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。8年ぶりに新デザインが登場

【川崎/2006〜2010年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。8年ぶりに新デザインが登場

強力攻撃陣がチームの牽引役に。順位を押し上げた(C)SOCCER DIGEST



■成績
2006年(J1):2位(20勝7分7敗)
ナビスコカップ:ベスト4
天皇杯:5回戦敗退

【ユニホーム】
 ワンポイントとしてあしらわれたのは、左腕にペイントされたクラブ創設10周年を記念するエンブレム。鎖骨部分には水色と黒色のラインがデザインされた。
 

【戦績】
 関塚体制3年目はリーグ2位となる躍進ぶりが光った。牽引したのはチームの顔となった強力攻撃陣だ。ジュニーニョ、我那覇和樹、中村憲剛、谷口博之は揃ってふた桁得点を挙げるなど、トータルでリーグ1位となる84得点をマーク。“攻撃の川崎”というイメージを印象付けた。

 またドイツワールドカップ後に発足したオシムジャパンには、我那覇、中村が招集され、A代表デビューを飾った。

【川崎/1997〜2005年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。黎明期を代表する一着は…

■成績
2007年(J1):5位(14勝12分8敗)
ACL:ベスト8
ナビスコカップ:準優勝
天皇杯:ベスト4

【ユニホーム】
 水色と黒色が半々となったベースはそのままに、鎖骨や腕部分には白色のワンポイントデザインを配色。初のACL出場を果たした記念的な一着でもあった。

【戦績】
 前年同様にリーグ戦では奮闘を見せ、5位。ジュニーニョは2004年のJ2時代に続き、J1での得点王に輝いた。ナビスコカップではG大阪に敗れたものの、決勝進出を果たした。

 またACLに初出場。グループリーグを1位で突破し、準々決勝のセパハン戦は激闘の末にPK戦で敗れたとはいえ、クラブとして新たな歴史を刻んだ。


■成績
2008年(J1):2位(18勝6分10敗)
ナビスコカップ:予選リーグ敗退
天皇杯:5回戦敗退

【ユニホーム】
 よりダイナミックなデザインに。裾部分にはクラブカラーの水色と黒色が配され、腕の部分には金色のラインもあしらわれた。

【戦績】
 序盤、調子が上がらなかったチームは、体調不良の関塚監督に代わって高畠勉コーチが昇格して指揮を執るアクシデントにも見舞われた。それでも夏にヴィトール・ジュニオールやレナチーニョを獲得したチームは復調。最終節まで優勝の可能性を残した。

■成績
2009年(J1):2位(19勝7分8敗)
ACL:ベスト8
ナビスコカップ:準優勝
天皇杯:ベスト8

【ユニホーム】
 8年ぶりに大幅リニューアル。勝点1に泣いたJ2での厳しい戦い、待ちに待ったJ1復帰、初のアジア挑戦、ナビスコカップ決勝での悔し涙……この8年間の思い出を胸に、さらに新しいステップに進むため、デザインを一新。ツートンのイメージを残しつつ、配色を斜めに切り替えることで大きく違う印象を持たせた。

【戦績】
 関塚監督が復帰。リーグ戦では2年連続で優勝争いに絡み、再び最終節までタイトル獲得の可能性を残した。しかし、柏に勝利したが、他会場で優勝を争っていた鹿島が勝ったため、2位。それでも攻撃力を高めたサッカーでリーグを盛り上げた。

 また、ナビスコカップでは再び決勝に進出。しかし、惜しくもFC東京に敗れた。
 


■成績
2010年(J1):5位(15勝9分10敗)
ACL:グループリーグ敗退
ナビスコカップ:ベスト4
天皇杯:4回戦敗退

【ユニホーム】
 前年のデザインを踏襲し、高畠体制で再スタートを切った。
 

【戦績】
 南アフリカ・ワールドカップには、日本代表に川島永嗣、この年に加入した稲本潤一、中村憲剛の3人、北朝鮮代表に鄭大世を輩出した。

 ただ、ワールドカップ後に川島と鄭がヨーロッパへ移籍。怪我人も続き、苦しい台所事情を強いられたシーズンでもあった。

構成●サッカーダイジェスト編集部

関連記事(外部サイト)