【川崎/1997〜2005年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。黎明期を代表する一着は…

【川崎/1997〜2005年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。黎明期を代表する一着は…

1999年にはJ1昇格を達成。ストライプのユニホームを身に纏った中西哲生(写真左)やGK浦上壮史らがチームを引っ張った。(C)J.LEAGUE PHOTOS




■成績
1997年(JFL):3位(23勝7敗) 
天皇杯:3回戦敗退
1998年(JFL):2位(23勝7敗)
ナビスコカップ:予選リーグ敗退
天皇杯:3回戦敗退
1999年(J2):1位(25勝3分8敗)
ナビスコカップ:1回戦敗退
天皇杯:4回戦敗退
2000年(J1):年間16位(7勝4分19敗)
ナビスコカップ:準優勝
天皇杯:3回戦敗退

 
【ユニホーム】
 黎明期に選手たちが身に纏ったのはクラブカラーの水色と黒のストライプデザインとなった一着だ。97、98年はペナルティ、99、2000年はアシックスがサプライヤーを務めたが、デザインは大きく変わらなかった。

【戦績】
 クラブは1997年にJリーグ準会員となり、名称が川崎フロンターレに決定。98年にはJ1参入決定戦で福岡にVゴールで敗れたが、J2に参入。99年にはツゥット、中西哲生らを擁してJ1昇格を達成した。しかし、2000年は大型補強も実を結ばずに、1年でのJ2降格を喫した。

【川崎/2006〜2010年】懐かしの歴代ユニホームと振り返るクラブ史。8年ぶりに新デザインが登場
 


■成績
2001年(J2):7位(20勝3分21敗)
ナビスコカップ:ベスト8
天皇杯:ベスト4
2002年(J2):4位(23勝11分10敗)
天皇杯:ベスト8
2003年(J2):3位(24勝13分7敗)
天皇杯:4回戦敗退
【ユニホーム】
 再びJ2に舞台を移した2001年からはユニホームデザインを一新。半身ずつを水色と黒に分けた一着でJ1への再昇格を目指すことになった。

【戦績】
 2001年は後に浦和で活躍するエメルソンの決定力が光ったが、チームは低迷し、夏にエメルソンも移籍。その後、チームを率いたのが石崎信弘監督だった。石崎監督の下、チームは力をつけ、2003年には3位に入るが、あと一歩のところでJ1昇格は逃す。

 もっとも2003年には中村憲剛が入団し、ジュニーニョを獲得するなど、チームの土台を固める重要な期間だっと言えるだろう。


■成績
2004年(J2):1位(34勝3分7敗)
天皇杯:5回戦敗退

【ユニホーム】
 大きく変わらなかったが、水色と黒を基調に、肩の部分の色を前年からチェンジして、よりフロンターレのカラーを前面に押し出した。またこの年から襟のないデザインに。2ndユニホームは、5年ぶりに変更され、白を基調に水色と黒のラインが左肩からタスキがけのように入っている。
 

【戦績】
 チームは関塚隆監督の下、攻撃サッカーを貫き、J2を制覇。勝点105、得点104を稼ぎ、J1復帰を決めた。エースのジュニーニョは37得点で、J2得点王に輝いた。

■成績
2005年(J1):8位(15勝5分14敗)
ナビスコカップ:予選リーグ敗退
天皇杯:ベスト8

【ユニホーム】
 デザインはマイナーチェンジ。肩部分の色合いがより強調され、水色と黒色がより目を引くようになった。
【戦績】
 5年ぶりのJ1に挑んだチームは、夏場に怪我人が続き、苦しむ時期もあったが、8位でJ1残留を達成。またDF箕輪義信が日本代表に選ばれる嬉しいニュースもあった。

構成●サッカーダイジェスト編集部
 

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