【番記者コラム】セレッソが変わった17年…“クルピ流”に異を唱えたユン・ジョンファン監督の信念

【番記者コラム】セレッソが変わった17年…“クルピ流”に異を唱えたユン・ジョンファン監督の信念

2017年から2年間指揮を執ったユン・ジョンファン監督。ハードワークの姿勢を植え付け、躍進に導いた。写真:田中研治



 セレッソ大阪を勝つ集団に変えるため、信念と哲学はブレなかった。前年に昇格プレーオフを制して3年ぶりのJ1復帰を果たした2017年。クラブの新監督に就任したのが、元韓国代表MFでクラブOBのユン・ジョンファン氏だった。

 確かな技術とパスセンスを誇った現役時代から一転、指導者として率いたサガン鳥栖では、走力とハードワークをベースとした堅守速攻のスタイルで好成績を収めた。その実績を買われて古巣から就任要請を受け、大阪に帰ってきた。

 鳥栖流のやり方をそのまま持ち込むのか。それとも、C大阪流にアレンジするのか。開幕前に「自身のスタイル」について訊くと、指揮官から明確な答が返ってきた。
 
「クルピ監督がおられた時は、自由なことが多かった。それを少し制限することが必要だと思う。今までのセレッソのスタイルが正解だったのかを考えていて、それで良い結果を得られたかどうかというと、そうではなかったと思う。セレッソ大阪というチームは“攻撃的“ということが先行してきたが、それで必ずしも勝てるわけじゃない。まずは基盤を作って、ベースを築いて、少しずつ発展していくべきだと思う。プロの世界では結果がすごく大事。結果を出すためには意識が高くなければいけない。選手たちは、勝つために何が必要かを考える必要がある」

「セレッソ=攻撃的」。クラブOBらを含め、攻撃的なスタイルを懐かしむ声は多く、今も根強いそのイメージは、計8シーズンに渡って指揮を執ったレヴィー・クルピ監督の手腕によるものが大きい。かつて在籍した香川真司や乾貴士ら若いタレントの能力を最大限に活かし、自由かつ攻撃的なサッカーを展開。その後、クルピ監督のカラーを残そうとした指揮官は多く、セルジオ・ソアレス監督や、パウロ・アウトゥオリ監督がそうだった。

 だが、攻撃色を残しつつ守備意識も浸透させようとしたソアレス監督は、攻守のバランス作りに失敗。チームの再生と若手育成を期待されたアウトゥオリ監督は、采配に一貫性がなく戦い方がチグハグしていた。14年にクルピ監督の後任として指揮を執ったランコ・ポポヴィッチ監督も、クラブから攻撃的なスタイルを求められたが、成績不振により解任された。

 もちろんユン・ジョンファン監督も、魅力的なスタイルを構築したクルピ監督を十分にリスペクトしていたが、自分のやり方は変えなかった。前述の言葉どおり「勝つために何が必要か」を選手たちに訴えかけ、ハードワークや守備意識を植え付け、徹底的に勝負にこだわらせた。

 17年は開幕から3試合は0勝2分1敗と出遅れたが、徐々に戦術を落とし込んでいった。ボランチを主戦場としていた山村和也のFWとしての才能を開幕前から見抜き、コンバートに成功。リードを奪えば、後半途中からは山村をCBに下げて5バックで守り切る戦い方も一貫した。加えて、鳥栖時代の教え子である水沼宏太の復活、ストライカーとしての能力を開花させた杉本健勇らの活躍もあり、夏場にはチームはリーグ戦で首位にも立った。

 3年ぶりのJ1で3位フィニッシュ。そして、Jリーグ加盟後はそれまで無冠だったクラブは史上初めて頂点に辿り着く。控え組主体で勝ち上がってきたのがルヴァンカップ。ベストメンバーで臨んだ決勝は、開始早々に杉本が先制点を奪うと、その後は川崎に一方的に攻め込まれながら、最後はソウザの追加点もあり初優勝を飾った。
 
 18年元日の天皇杯決勝では横浜に先制されながらも追いつき、最後は延長戦の末に水沼のゴールで振り切った。過去、リーグ戦では2度に渡って最終節で優勝(ステージ優勝を含む)を逃し、天皇杯では決勝で3度も敗れた。最後の最後で何度もタイトルを逃してきたC大阪が2冠を獲得できたのは、徹底的に勝負にこだわる姿勢をユン・ジョンファン監督がもたらしたからだった。

 だが、就任1年目でいきなり結果を残した指揮官は、バージョンアップを図ることはできなかった。より主導権を握るスタイルに進化しようとした翌年、チームは6月のロシア・ワールドカップによる中断期間あたりまでは4位につけていたが、怪我人が多く出たこともあり夏場以降に失速。結果的に7位で終え、ACLやルヴァンカップ、天皇杯でも勝ち進むことはできなかった。

 18年シーズン限りでユン・ジョンファン監督は退任。19年からは、より戦術的な戦い方を嗜好するロティーナ監督が指揮を執り、昨季はJ1最少失点を記録した。ここ数年のC大阪は堅守をベースに戦い、確実に結果を残せるチームに変貌を遂げているが、現在の戦い方のベースを作ったのは他でもなくユン・ジョンファン監督だ。以前は調子の波が大きく“ジェットコースタークラブ”と言われたクラブに“耐える力”をもたらした韓国人指揮官の功績は大きい。

取材・文●西海康平(スポーツニッポン新聞社)

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