中村俊輔の「J1歴代最多FK弾“24発”」を徹底解剖! お得意様は? 最も被弾したGKは?

中村俊輔の「J1歴代最多FK弾“24発”」を徹底解剖! お得意様は? 最も被弾したGKは?

国内随一のFKのスペシャリストである俊輔。J1のみならず、日本代表や欧州リーグなど、世界の舞台でもその妙技で観衆を沸かせてきた。(C)SOCCER DIGEST



 横浜F・マリノスの仲川輝人がリスペクトをこめて言う。

「俊さんは、FK1本で試合を決められる」

 その言葉通り、中村俊輔はその自慢の左足で鮮やかなFKを何度も突き刺し、歓喜を呼び込んできた。日本代表では2009年のワールドカップ最終予選のバーレーン戦におけるV弾、セルティック時代にはチャンピオンズ・リーグでマンチェスター・ユナイテッド相手に決めたふたつのスーパーショットなど、名場面は数多くある。

 世界の舞台で非凡な才能を示す一方、J1では歴代最多の“24発”を記録。ルーキーイヤーの97年、平塚(現・湘南)戦で決めた記念すべき第1号を皮切りに、勝点3をもたらす決勝点、チームを敗戦から救う、または反撃の狼煙となる同点弾、完勝の呼び水となる先制点、勝負を決定づけるダメ押し弾など、様々なシチュエーションでスタジアムを沸かせてきた。

 俊輔が決めれば勝つ――実際、この希代のレフティがFKを決めた試合の勝敗を見ると、24試合で16勝5分3敗と高い勝率を誇る。そのうち、決勝点(複数得点での完封勝利の先制点を含む)となったのは8つ。まさに“試合を決められる”一振りだ。また5つの引き分けの中には、12年10月の名古屋戦、15年7月のG大阪戦など、アディショナルタイムにドローに持ち込む値千金の一発もあり、ここぞという時の勝負強さで貴重な勝点1をもたらしてきた。
 
 この名古屋とG大阪、そして平塚(現・湘南)は、俊輔にとって相性の良いチームでもある。これまでにそれぞれ3発ずつ沈めている“お得意様”だ。ちなみに、名古屋のゴールマウスに立っていたのは、いずれの試合でも楢ア正剛で、この元日本代表の守護神は、俊輔のFKに対し、最も被弾したGKでもある。

 名手相手に圧巻の一撃を三度、見舞ったのが、15年シーズンだ。この年、俊輔は19試合・3得点の成績だったが、3つのゴールはすべてFKによるもの。先述のG大阪戦、8月の浦和戦、10月の仙台戦でゴールネットを揺らしたが、特筆すべきは、相手GKがすべて当時日本代表に名を連ねる実力者だったこと。東口順昭(G大阪)、西川周作(浦和)、六反勇治(仙台)との勝負で、俊輔はことごとく勝ってみせたのだ。
 

 自身二度目のMVPに輝いた13年シーズンには、年間では過去最多となる4度のFK弾をマーク。緩急を自在に操り、カーブやストレート、ブレ球と多彩な球種を駆使して正確にコースを射抜く。そんなFKのエキスパートでもある俊輔だが、意外にも“決めたことのないFK”があるという。

 17年シーズンの31節、当時は磐田に所属していた俊輔は、古巣の横浜と対戦。2-1で勝利を収めた試合で、52分、ペナルティアーク付近の絶好の位置でFKのチャンスを得る。丁寧にボールをセットした俊輔は、一度、蹴るフリを見せ、止めて、短い助走から左足を振る。壁の下を狙ったグラウンダーのシュートだった。GK飯倉大樹の反応は一歩遅れる。だが、惜しくもボールはポストに嫌われてしまう。

 試合後、俊輔は件のシーンを次のように振り返った。

「ファーか、壁下か、そのどちらかにしようと。ニアなら、足首だけで救い上げるようなシュートでも良かったけど、僕、壁の下で決めたことがないんで。飯倉から決めようかなと思って。あんなキツいコースを狙わないで、もう少し内側で良かった」
 
 この横浜戦からさかのぼること約1か月前の大宮戦で“24発目”をねじ込んでいた俊輔だったが、記録更新とはならなかった。

 その状態は今も続いている。18年シーズンはゴール自体がなく、昨季は夏に磐田から横浜FCに新天地を求め、自身初となるJ2のピッチで強烈なミドルによる1点を挙げたのみ。

 約2年半、J1でFKを決めることができていない。今季こそ、自己が持つレコードをアップデートできるか。リーグ再開後、熟練の技巧で新記録を樹立してほしい。

文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

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