J1はもう夢の舞台ではない――V・ファーレン長崎の基準を押し上げた2018年の苦闘

J1はもう夢の舞台ではない――V・ファーレン長崎の基準を押し上げた2018年の苦闘

18年に初めてJ1を戦う。1年でJ2降格も、その経験は無駄ではなかった。(C)J.LEAGUE PHOTOS



 J1昇格。それはJ2以下の全クラブが掲げる最大の夢だろう。今はまだ難しくとも「いつかはJ1に」と考えないクラブはないはずだ。

 V・ファーレン長崎は、その夢をJリーグ参入5年目の2017年に達成した。同年に発覚した経営不振によるクラブ存続の危機から一転してのJ1昇格は奇跡と呼ばれた。それは間違いなくクラブの、そしてJリーグの歴史に色濃く残る出来事だろう。

 だが長崎にとって、その後に影響を与えたという意味では、昇格の喜びよりも、J1を戦った経験とJ2降格を味わった悔しさのほうが重要だ。

 惜しくも残留を果たせなかったものの、全力を尽くし最後まで食い下がったJ1での戦いを経たことで、長崎にとってJ1という舞台が夢から現実的な目標に変わっていった。現在地を図る時の基準も、常にJ1での戦いを意識するようになった。『J1昇格を夢見るクラブ』から『さらに先を見据えるクラブ』へと進化したのだ。

 高木琢也監督(現・大宮監督)に率いられ、13年、15年には二度、J1参入プレーオフに進出したが、当時の関係者にとって、J1での戦いは現実的にイメージできるものではなかった。どちらかと言えば、考えていたのは昇格までで、昇格後までは見据えていなかったのだ。

 それも当然だろう、強化予算はJ2でも中位以下で、シーズンオフには毎年のように主力を引き抜かれていたチームだ。この時点でJ1昇格はあくまで「将来叶えたい夢」でしかなかったのも無理はない。
 
 そんな遠いはずの夢を、現実へと近づけたのが、チーム強化の継続性だった。決して潤沢ではない強化予算の中で、古参の杉亮太や前田悠佑をリーダーに抜擢し、16年には中村慶太と田上大地を、17年には澤田崇、翁長聖、フアンマらを獲得して育成。そうして戦力を上積みしたことが、J1昇格へとつながったのだ。

 昇格を決めた後も、初のJ1に向けて可能な限りの準備を行った。GKからFWまですべてのポジションで、徳重健太、徳永悠平、黒木聖仁、鈴木武蔵らJ1経験のある選手を補強。また高木監督のスカウティングをより高めるためのスタッフも加入させた。

 キャンプの段階から意識的にチーム作りを早めると、苦戦しながらも手堅い守備とハードワークを武器に粘り強い戦いを披露。中村や翁長といった若手はJ1レベルに呼応するように成長し、鈴木も得点源として覚醒し11ゴールを奪うなど、“高木長崎”にとって、ひとつの集大成と言えるチームを作り上げていた。

 それでも、J1残留を果たすことができなかった。
 

 大きな戦略上のミスは見られなかった。開幕前には異例だった主力全員の残留と、経験値のあるベテランの補強、若手の台頭とエースストライカーの活躍、さらに夏にはヨルディ・バイスを獲得して守備をテコ入れ。例年以上の積み上げができていて、確実に1年前より強くなっていた。

 しかしJ1のレベルは、それ以上だった。チーム力、予算規模、クラブの組織体制など、長崎が当時できる全ての手を打ってもなお、突破できない厚い壁があった。

 一方でJ1は、長崎に多くのものも見せてくれた。正確に言えば、長崎のほうが魅せられてしまったのだ。ハイレベルな選手とプレー、質の高い戦術、高度な駆け引き、規格外なプレーヤー、注目度の高さ。J2では経験できなかったものを知り、そんな舞台で全力を尽くして善戦したことで、チームへの誇りと降格した悔しさは一層強いものとなった。当然、その強い想いは「必ずもう一度J1へ」という願いへ変わる。

 気付けば、クラブに関わるすべての人に「J1へ戻る」という想いが共有された。選手たちはJ1基準でプレーを語ることが増え、クラブの強化予算は大幅に増額された。サポーターもJ2の素晴らしさを楽しみながらも、J1昇格を当たり前に期待するようになっている。
 
 J1降格から2年、長崎はまだJ2で戦っている。J2降格後に就任した手倉森誠監督は昨年、1年でのJ1復帰という公約を果たせなかった。チームを抜本的に作り直すため、文字どおりの「スクラップ&ビルド」へ取り組んでいる以上、それはやむを得ないだろう。

 だが今年はさらに強化予算を増額するなど、クラブのJ1への意欲は少しも衰えてはいない。スポンサー料やスタジアムグルメの出店料などは、原則的にJ1の時のままだ。クラブのすべてはJ1を基準に動き続けているのだ。

「去年は昇格と言いすぎたからね。それで上手くいかなかった部分もある」

 今年のシーズン前に、玉田圭司は言った。そう、今の長崎にとって昇格は何度も口にすべき夢ではない。J2降格が決定した18年11月17日から、J1は夢の舞台ではなく、必ず帰るべき場所へと変わった。それを変えたものこそが、18年の戦いとJ2降格という経験だった。

取材・文●藤原裕久(フリーライター)
 

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