「ホマレ・サワは、希望そのものだった」英紙記者が、2011年W杯決勝のなでしこジャパンを回顧!

「ホマレ・サワは、希望そのものだった」英紙記者が、2011年W杯決勝のなでしこジャパンを回顧!

優勝を決めた澤穂希さんはMVPに選出され、この年のFIFA最優秀選手賞も受賞した。 (C) Getty Images



 新型コロナウイルスの影響でヨーロッパをはじめとした各国リーグは中断している。そんななか、英紙『The Guardian』は記者が選出する過去の名勝負を紹介しており、フットボールファンを楽しませている。

 様々な歴史的試合が改めて脚光を浴びるなか、女子サッカーを担当しているサマンサ・ルイス記者は、2011年6月に行なわれた女子ワールドカップ決勝、日本対アメリカを選出している。

 ルイス記者は「つい数か月前に壊滅的な地震が発生した後の、フランクフルトのあの夜、日本には“運命の力”のような、大きなものを感じた」と振り返り、絶対に忘れられない試合だと語っている。

 2011年3月、日本は東日本大震災に見舞われた。筆者は「津波が街を侵食していく光景は、映像だけだとしても、とても忘れられるものではない」と綴っている。

「そんな国の状況を背負ってワールドカップに挑む彼女たちの姿に、私は『崇高さ』を感じていた。かつて哲学者イマヌエル・カントがそう呼んだ、自然界の出来事の大きさやパワーに圧倒されて、畏怖の念を抱く感覚のこと。それを、肌で感じたのだ。

 大会前は誰も彼女たちにそれができるとは予想していなかった。決勝トーナメント進出まではラッキーの積み重なりで、開催国である準々決勝のドイツ戦で90分間を引き分けた時、彼女たちの運は尽きたと、そう見えた」
 
 しかし、延長戦の末に丸山桂里奈のゴールで、これまで勝利したことのなかった開催国を下した際、「何か大きなものが彼女たちに味方しているように思えた」と綴っている。

「準決勝では優勝候補の一角であるスウェーデンを、相手のミスを逃さずに3-1で鮮やかに下した。何かが、彼女たちの味方をしていると感じた人は、ほかにもいたはずだ。そして私にとっては、日本が躍進する姿、崇高さを感じさせる象徴とは、ホマレ・サワそのものだった」

 澤穂希さんは当時32歳。なでしこジャパン不動の主将として日本チームを率いていた。どんな試合でも最後までチームメイトたちを鼓舞し、ルイス記者は「底なしの体力を誇るかのように、チームを引っ張り続けた」と絶賛している。

 決勝戦でも、日本は“奇跡”を起こした。そして、優勝候補のアメリカに二度突き放されながらも追いつき、PK戦を3-1で制した末、初のワールドカップ制覇を成し遂げたのだ。

「試合後、アメリカ代表のホープ・ソロが『大きな何かが(日本を)引っ張っていたと、心から信じている』と語っていたことを思い出す。延長戦に入っても彼女たちの体力は衰えず、1-2でリードされていた延長戦の残り6分でサワが起死回生のゴールを決めた。アメリカ女子代表の巨大な壁を、わずか身長160センチ台の選手がCKで振り切り、ダイレクトシュートを決めたのだ。まさしく奇跡だと思った。どんな荒波に直面したとしても、決してあきらめない女性の崇高さがそこにあった」

 改めて澤さんとなでしこの偉業を称えたルイス記者は、この優勝は「ただの初タイトルではなかった」とも付け加えている。

「後から聞いた話で、ドイツとの準々決勝前に佐々木則夫監督は、3.11の映像を選手たちと共に見たという。『我々の努力は、スポーツの枠を超えた意味を持つ』ことを選手に思い起こさせ、彼女たちはそれに応えた。私にとって崇高な存在であるサワが希望そのものであったように、彼女たちは母国にとっての希望となったのだ」

 澤は同大会で得点王とMVPを獲得し、この年のFIFA最優秀選手賞を受賞。代表選手として刻んだ205試合出場、83ゴールという数字は、未だ日本女子代表の歴代トップだ。

 世界的に難しい情勢が続くからこそ、母国に希望を与えた「ホマレ・サワ」の姿は今もなお眩しく映るようだ。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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