「観光客と思ったのは間違いだった」セリエAでプレーした日本人選手12人をイタリア・メディアが評価!

「観光客と思ったのは間違いだった」セリエAでプレーした日本人選手12人をイタリア・メディアが評価!

(左上から時計回りで)中村、中田、カズ、名波。セリエAに挑戦したサムライたちの評価は?(C) Getty Images



 サウサンプトンからサンプドリアに移籍して出場1試合だけだが、吉田麻也はイタリアの文化に適応しようとする姿勢をたたえられている。すでに何度かジェノバ弁を披露したのは既報のとおりだ。

 イタリア・メディアの『Il Posticipo』は5月7日、吉田について「サムライのリーダーは、セリエAと日本の愛の物語に貢献している」と評価。さらに、セリエAでプレーした歴代日本人選手たちを振り返った。

 もちろん、その筆頭は1994年にジェノアへ移籍した三浦知良だ。パイオニアとしてセリエAへの道を切り開いた日本サッカー界のレジェンドについて、『Il Posticipo』は「イタリアでの経験は少ししか続かなかったが、日本との関係を開くのに役立った」と伝えている。

「イタリアでもっとも有名な日本人」と紹介されたのが、1998年のペルージャ移籍を皮切りに、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナでプレーした中田英寿だ。「ローマの3度目の優勝にも決定的な役割を果たす」と、2000-01シーズンのスクデット獲得に貢献したと称賛した。

 その前シーズンにヴェネツィアでプレーした名波浩については、「1得点といくつかのアシストではヴェネツィア残留に足らず、すぐにいなくなった」と紹介している。
 
 2002年にレッジーナに移籍した中村俊輔には、「観光客と考えた人は多かったが、間違いだった。背番号10の魔法の左足は、サポーターに多くの満足をプレゼントしたからだ」と賛辞が寄せられた。

「フリーキックは他を寄せ付けず、3シーズンで12得点。セルティックに移籍し、バロンドール候補ノミネートにもふさわしかった」

 イタリアの地で苦しんだのが、柳沢敦や小笠原満男、大黒将志だ。

 柳沢には「日本でゴール量産も、イタリアでは運に恵まれない脇役」、小笠原は「降格で買い取りオプションは行使されず。6試合に出場し、2-2で引き分けたエンポリ戦では得点も挙げただけに残念だ」との評価。「2シーズンいたが出場10試合の無得点」と、大黒も厳しい結果だったと伝えている。

 一方、カターニアとノバーラで6年半にわたりイタリアでプレーした森本貴幸については、「イタリアはとても居心地よく、2013年までとどまった。ローマのファンはよく覚えているだろう。彼のお得意さまだった(セリエAで7試合5得点)」と、特にローマとの相性の良さを称えている。
 

「名前だけで十分だ」と称賛されたのが、チェゼーナを経てインテルで活躍した長友佑都だ。「最初は少し批判されたが、次第に継続的な努力とパフォーマンスで一部サポーターから愛される存在となった」と紹介。キャプテンマークを巻いた経験があるとも伝えられた。

 その長友とミラノ・ダービーで対戦もした本田圭佑は、「魔法の左足に惚れたミランがフリーで獲得したが、イタリアでは完全に納得させられず」と厳しい評価。4シーズンで92試合出場・11得点という数字を残したとしつつも、「未完成との感覚」を残したと報じている。

 最後は、今シーズンからボローニャでプレーする冨安健洋。1990年代と違い、「もはやサッカー界の現実となった国から来た若手選手への賭けだ」と、日本人選手の評価を高める存在のひとりとして伝えられた。

 セリエAでプレーした日本人選手は、吉田が12人目。今後、その数はどこまで増えるだろうか。

構成●ワールドサッカーダイジェスト編集部
 

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