【番記者コラム】J1からJ3までを経験した大分。起伏に富んだ道のりだからこそ愛されるクラブに

【番記者コラム】J1からJ3までを経験した大分。起伏に富んだ道のりだからこそ愛されるクラブに

西山GM(左から4人目)は、選手として08年のナビスコカップ優勝にも貢献。全11試合中8試合に出場した。(C)J LEAGUE PHOTOS



 大分トリニータが誇れるもの――。それはチームが発足した1994年4月から積み上げた様々な歴史だ。

 昨季、J1で9位とまずまずの成績を残した大分は、県社会人リーグで戦いを始め、99年からJ2に参戦。2002年に悲願のJ1昇格を果たすも、その後は浮き沈みが激しく、15年にはJ3降格も味わった。J1、J2、J3を経験した唯一のクラブで、その起伏に富んだ道のりが、豊さだと今では胸を張れる。

 歴史を紐解くと「J1昇格」、「万年J1残留争い」、「ナビスコカップ優勝」、「経営危機」、「J2&J3降格」、「J3からの2段階昇格」など、いくつものキーワードが浮かぶ。これらの栄光、苦労、挫折を経験したからこそ、「クラブとしてタフになったし、チーム一丸となって戦うスタイルが築けた」とOBで今季からGMに就いた西山哲平は語る。
 
 02年に大分に加入したサイドアタッカーの西山は、鋭いドリブルと豪快なミドルシュートを武器にJ1昇格に貢献。翌年には右足脛腓骨骨折の大怪我を負うが、不死鳥の如く復活し、その後は中盤のユーティリティとなり、いぶし銀の活躍を見せた。J2時代から在籍し、08年にはクラブ初となるナビスコカップのタイトル獲得にも貢献した選手だ。

 09年シーズン限りで契約満了となり、他チームで現役続行の選択肢もあったが、「他のチームのユニホームを着るイメージができなかった。J1昇格、ナビスコカップ優勝と最高の経験をさせてもらったチームに恩返しがしたい」とクラブから受けた強化部就任の要請を承諾。セカンドキャリアとしてスカウトの道へ進んだ。

 ただ、当時は経営状況が厳しく、スカウトに加えてチーム編成や選手査定も行なった。「一緒に戦っていたメンバーを評価するのは心苦しかった。勝負の世界だからと割り切ってはいたが……」と苦悩を述懐する。

 それでも、資金に乏しいクラブで強化全般の仕事を務め、スカウト力は急激に磨かれた。特に身に付いたのは助っ人や日本代表などの肩書きに頼らず、下のカテゴリーで実績を残した野心のある選手や、将来有望な若手を発掘することだ。
 

 J1からJ3や大学のリーグ戦などはもちろんチェック。情報網を張り巡らせ、補強候補をリストアップし、数字をチェックする。前年、前々年の出場試合数がマストで、FWなら得点数、アタッカーならアシスト数、クロス成功率などがある。ただ、数字以外で重視するのは“人間性”だという。

「献身性とも言えるが、チームのために走れて身体を張れるか。試合に出れない時になにができるか。大分は地域に支えられて愛されてきたから、地域愛やサポーター愛も必要」

 補強を成功させるにはスカウトの力も必要だが、「現場の力も必要。選手を育てながら結果を出すことは、どの監督でも簡単ではない。この難題に応えてくれているのが片野坂(知宏)監督」と西山GMは言葉に力を入れる。年齢や実績にとらわれない指揮官の起用法は、コーチングスタッフにも共有されており、チーム内に激しい競争意識が芽生えた。

 その結果、飛躍的に力をつけた選手も多く、高卒1年目からレギュラーに抜擢された岩田智輝は、東京五輪を戦うU-23代表やA代表に選出されるまでに成長。また、全国的に無名だった鈴木義宜や長谷川雄志は大卒1年目から活躍し、他チームで出場機会に恵まれなかった松本怜や高木駿は、今や不可欠な存在となった。
 
 また、昨年からアカデミーの育成により力を入れ、「クラブの哲学を共有し、アカデミーの選手に正しく伝えられるように」(西山GM)とスタッフを指導するヘッドオブコーチングを設けた。この職には抜群のキャプテンシーで02年のJ1昇格に貢献した浮氣哲郎氏を招聘。

 さらにU-18監督に吉村光示、コーチに山崎哲也、U-15監督に梅田高志、U-14コーチに山崎雅人など、アカデミースタッフにOBを揃えた。トップチームの片野坂監督もOBのひとりだ。

 停滞や降格、失敗も悲哀も知る選手が引退して、指導者として戻ってくる。ビッククラブでは当たり前かもしれないが、大分でもそのサイクルが訪れた。歴史の半分以上は苦しい時期だった。資金はいつだって厳しい地方クラブ。でも、決して恥ずべきではない。青臭い物言いだが、「大分トリニータ」という存在はプライスレスだ。

 今季の始動前にキャプテンの鈴木が「サッカーはやってみなければ分からない。責任と覚悟を持って戦おう」と語った姿からは、脈々と受け継がれるチーム愛を感じた。日本ではスポーツのステータスが低いと言われることがある。なくなっても困らないものだと。ただ、新型コロナウイルスで世界が不安定な時だからこそ、感情を動かすもの、心揺さぶるものが必要になる。この街にはそれがある。大分トリニータがある。

取材・文●柚野真也(フリーライター)

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