来季マリノス内定の逸材、インターハイ中止に「3日間はショックすぎて…」興國高エース樺山諒乃介をリモート直撃!

来季マリノス内定の逸材、インターハイ中止に「3日間はショックすぎて…」興國高エース樺山諒乃介をリモート直撃!

昨年度は2年生ながら10番を背負った樺山。選手権初出場に貢献した。写真:浦正弘



 中学時代から大きな注目を集め、多くの強豪Jクラブユースや強豪校が激しい争奪戦を繰り広げたMF樺山諒乃介は、地元・大阪の興國高に進むと、持ち前の技術とスピードに加え、戦術理解力やポジショニングなどのインテリジェンスを磨き上げ、今年2月11日にはチームメイトのDF平井駿助、GK田川知樹とともに、横浜F・マリノスへの来季加入内定が発表された。

 新型コロナウイルスの感染拡大により自宅待機を余儀なくされるなか、彼は今、何を考えて日々を過ごしているのだろうか。5月7日にリモートインタビューをし、その心の内を聞いた。2回に分けてお届けするインタビューの1回目では、今夏に予定されていたインターハイ中止が決まったことへの率直な思いを語っている。

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――今、緊急事態宣言が出され、学校も部活も活動できない状況が続いていますが、どのような取り組みをしていますか?
樺山「家でボールを触ったり、めっちゃ朝早くにランニングをしたり、夕ご飯前か後に自転車を漕いで筋肉系の刺激を入れたりしています。あと、興國では毎朝8時半から9時にズームトレーニングをやっています。そこで怪我をしないための身体操作のトレーニングをやった後に、個人的に2つのグリッドを使ってボールトレーニングをしています。

 内野智章監督からは『今はチーム力をつけることはできないけど、個人のところは上げることができるから、そこを上げることを意識しよう』と言われていますし、同時に『チーム力をつけられないと言っても、工夫すれば絆というか、コミュニケーションを深めることはできる』と、みんながそれぞれスキル動画をSNSなどにアップし合うことで、離れていてもお互いを刺激しあって、切磋琢磨できるようにしています」

――インターハイ中止が決った時は率直にどう思われましたか?
樺山「凄くショックというか、本当に一瞬何も考えられなくなりました。中止の発表を聞くまでは、さっき言っていた取り組みに対してもすごく意欲的にやれていたんです。『絶対にインターハイまでに成長して全国制覇する』と考えていたので、みんなに会えなくても、ボールをあまり蹴ることが出来なくてもモチベーションはすごく高かったんです。もちろん『中止になるんじゃないか』という声も聞こえていたんですが、僕は開催されることを信じていました。でも、インターハイ中止の発表を聞いてメンタルがガクンと落ちてしまったんです」

――インターハイ中止の発表はどうやって聞いたのですか?
樺山「内野監督からのLINEです。『インターハイ中止が発表されたけど、まだ全てが終わったわけじゃないから』という励ましのメッセージはあったのですが、やっぱりみんなショックを受けていました。その発表を受けた後に全体でズームミーティングがあったのですが、いつものズームミーティングはめちゃくちゃうるさくて、みんなが活発にいろんな話をするんですけど、この時はすごく暗かった。

 僕はぶっちゃけそこから3日間くらいはボールも蹴っていないし、毎日行なっていたランニングも行きませんでした。3日間、スポーツに触れるのが嫌でした。それでも『動かないとあかん』と思っていたのですが、『俺、何のためにやるんやろ』と思ってしまう自分がいたのは事実です」

――でも、樺山選手はすでにマリノス入りが内定していて、プロも大学もまだ決まっていない選手に比べると、インターハイがなくなることで進路に影響が出ることはありません。それでもやはり中止は大きなショックだったのですか?
樺山「おっしゃられた通り、僕はプロが決まっているし、いつまでも落ち込んでいられないと思って冷静に考え直してからは、もうショックを引きずることなく前に進めています。でも、さすがに直後の3日間はショックすぎて……」

――インターハイは樺山選手にとってどういう位置付けだったのですか?
樺山「僕はまだプロが決まっているからいいけど、他の選手はインターハイでプロや大学などが決まる、言わば『重要な就職活動の場』じゃないですか。それに僕も今まで国体、代表、マリノスの練習参加など、個人的な理由でチームを空けることが多かったからこそ、インターハイで活躍して全国に出て、さらに上位に行くことで、これまで迷惑をかけたチームメイトに1つの恩返しをできると考えていました。

 インターハイで目立って、僕、田川、平井(いずれも横浜FM内定)、杉浦力斗(金沢内定)以外の進路が決まっていない選手が、それぞれ希望する進路に進んでもらいたかったし、内野監督やスタッフの人たちと全国優勝を目指したかったという2つの思いがありました。なので、それが失われたショックが大きかったんです」
 

――3日間はどういう心境で過ごしたのですか?
樺山「最初の1日はサッカーのことを一切考えられませんでした。『この2年間、何をやってきたんやろ』と思いました。もちろん心の中で『ここで落ち込んでいても意味がない』とは理解していたのですが、1回サッカーと離れたくなったんです。発表まで自分なりにハードなトレーニングを課すなどして追い込んでいたので、逆に1回離れて少し休憩しようと思ったんです。

 じゃあ何をしようかとなって、1日目はただ時が過ぎて行ったんですが、2日目からやっぱり僕の目標は海外でプレーをすることなので、この時間を活用して英語を勉強しようと思ったんです。中学時代にお世話になった英語の先生に電話をして、そこからリモートで英語のレッスンをしてもらうようになりましたし、海外の映画を字幕で観たりするようになりました。あとは他のスポーツを観るようになりました。もともとバスケと格闘技が好きなので、めっちゃファンのNBAのプレー集を観たり、格闘技を観ました。サッカーのプレー以外のところに意識を向けようとしました。3日間はある意味、ボーッとも出来たし、自分の趣味の時間、将来のための時間に費やすことができました」

――そこからどうやってサッカーに戻って行ったのですか?
樺山「大きかったのが、マリノスの選手、興國のチームメイト、マリノスサポーターなどの周りの存在でした。その3日間でマリノスのビデオトレーニングがあったんです。いつもだったらモチベーション高く臨んでいたのに、この時ばかりはかなり落ちた状態で参加をしたんです。でもマリノスの選手たちを見ていたら、Jリーグがいつ再開するか不透明で、どんどん延期が決まっていく中でも、みんなでモチベーション高く取り組んでいるんです。『こういう苦しい思いをしているのは自分だけじゃないし、むしろ全国の高校生の中でもプロが決まっていて、こうしてプロの選手たちと一緒にトレーニングできて、かなり恵まれているじゃないか』と思いました。

 それに『興國の10番として、チームの看板を背負ってやっていかないといけない存在なのに、こんなに落ち込んでいたらカッコ悪いな』とも思ったんです。それに中止の発表があった翌日や2日後に、進路が何も決まっていない選手が練習動画を送っていたんです。それを見て『必死で前を向いている仲間がいるのに、俺が後ろ向きでどうする』と思えたんです。サポーターの人たちや僕らのことを応援してくれる人たちからメッセージで『インターハイは無くなったけど頑張ってください』と届いて、それも励みになりました」
 

――いくつもの自分を奮い立たせる要素があったんですね。
樺山「ここで中途半端なことをしたら、将来絶対に自分にとってマイナスになると周りが気づかせてくれました。そこからはもう前向きになりましたし、ミーティングでみんなにも『今はきついし、辛抱の時かもしれんけど、再開した時には強い興國を周りに見せられるように今できることをやろう』と言いました」

――奮い立ってから新たな発見は増えたのではないでしょうか?
樺山「めちゃくちゃ増えました。僕には弟が2人いるのですが、弟たちとボールを蹴ることも増えましたし、下2人の兄弟げんかを止めたり(笑)、家族と過ごす時間が長くなりました。親と話をする機会も増えたし、そこですごく励ましの言葉をくれるし、『自分一人でやっているわけではないな』と改めて思いました。

 弟だってサッカーしたいし、親だって子供のサッカーを観たいだろうし、サポーターの人たちも早くサッカーが観たいと思っている。それぞれが苦しい思いを抱えているのが分かったからこそ、今まで散々支えてもらったのに、こういう時にだけ落ち込むのも良くないと改めて思っています。むしろ他の人に対してもっと感謝の気持ちを持たないといけないと思いました。だからこそ、今は自分がやれることを全力でやりたいと思っています」

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)

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