「今できること…」磐田FW小川航基が『#つなぐ』プロジェクトに込める思い。インターハイ中止の高校生へもエール

「今できること…」磐田FW小川航基が『#つなぐ』プロジェクトに込める思い。インターハイ中止の高校生へもエール

磐田FW小川に「#つなぐ」プロジェクトや、初のインターハイ中止となった高校サッカーへの思いを聞いた。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)



 スペイン・サラゴサでプレーする香川真司やデポルティボの柴崎岳、バドミントンの桃田賢斗らが在籍するマネジメント事務所『株式会社UDN SPORTS』が、所属アスリート75名が参加する「#つなぐ」プロジェクトを5月1日から開始している。

 このプロジェクトは、世界的に猛威を振るう新型コロナウイルスの影響を受ける日本に対し、スポーツ界からも「何か出来ることはないのか」という思いから生まれた。全国の学童や医療従事者、賛同選手に縁のある地域の方々にマスクや選手のメッセージ入りレターを配布するなどの様々な活動を通して、支援の輪がつながり、広がっていくようにとの思いが込められている。

 本稿では同事務所に所属し、活動に参加するジュビロ磐田FW小川航基に「#つなぐ」プロジェクトについて、さらには新型コロナの影響を受ける高校サッカーへの思いを聞いた。

――◆――◆――

 Jリーグもいまだ再開の目途が立っておらず、所属クラブである磐田の全体練習も当面の間休止となっており、日々自宅で体幹などのトレーニングを行っているという小川は世間現状について、「これは誰のせいでもなく、どこにぶつけていいのか分からない。ただこういう状況はなってしまったことは仕方ないので、今できることをしっかりとやることが大事だなと感じています」と語った。

「今できること」とは、自身のトレーニングについてだけではない。人に夢を与える職業に就く人間だからこそ、こういった状況でも人の見本となり、人の希望となれる活動を積極的に行なっている。

「最近もそうですけど、いろんなニュースを見ているとすごく心が痛くなる。何かできることはないのかっていうところで、選手、スタッフと考えて『#つなぐ』プロジェクトをやろうということになりました。少しでも誰かの力になれたらなと思っています」
 
 22日に小川は、『#つなぐ』プロジェクトの一環である「#つなぐトーク」と題したオンライン交流イベントに参加する。ジュビロ磐田の本拠地である静岡県のファン・サポーターを対象に、ネットを通じて小川と直接コミュニケーションが取れるイベントだ。普段は練習後のファンサービスなどでしか直接的に接する機会の少ない選手とファンにとっては、とても貴重な時間となる。

「もし僕が逆の立場だったらどんなことをしゃべってもらえたら嬉しいかなというファンの気持ちを考えて、喜ぶようなことを話せたりしたらいいかなと思っています」

 ファンの気持ちになって一つひとつの質問にしっかりと返していきたいと意気込む小川は、さらに感謝も伝えたいと話す。

「僕はジュビロのホーム、ヤマハスタジアムでの試合がすごく好きで、ホームの歓声っていうのはやっぱり力になりますし、いつもと違う力が出たり、最後まで走り切れたりするのは、間違いなくファン・サポーターの声援がプラスになっているからだと思う。なのでサポーターが思っている以上に(選手の)力になっているんだよっていうのを伝えたい」

「#つなぐトーク」には小川のほかにも、香川真司やハーフナー・マイク(甲府)、橋本拳人(FC東京)、早川史哉(新潟)らも実施する予定だ。

■「#つなぐトーク」の概要や応募方法、応募フォームはこちら

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、夏のインターハイ(全国高校総合体育大会)も初の中止が決定した。高校サッカー出身である小川は、選手権と並ぶ高校年代のビッグトーナメント中止に心を痛めている。

「正直、本当に可哀そうっていう気持ちでいっぱいです。僕の経験と照らし合わせてもインターハイっていうのはプロへの道が開ける大会です。スカウトの方も見に来ますし、そういう大会がひとつ無くなったっていうのは、自分がその代だったとしたら、相当に難しい気持ちになっていたと思いますね」

 小川は神奈川の強豪校・桐光学園高の出身。1年次から先発の機会を掴み、3年次にはキャプテンを務め、選手権でエースストライカーとして4ゴールを挙げるなど、チームのベスト16進出に大きく貢献。高校サッカーで注目を浴び、プロへの扉を叩いたのだ。

「僕自身、小学校、中学校とプロになりたい気持ちを持っていましたけど、やっぱり高校サッカー選手権っていう大勢の観客がいる大舞台で得点を取って活躍したいという思いで練習を重ねていました。そして、いざそのピッチに立って得点を取れて、僕のゴールで勝つという体験できた。そのことは、本当に嬉しかったですね」
 
 小川にとって、プロ入り前に選手権という檜舞台を経験できたことが、Jリーグのピッチでも物怖じしなかったひとつの要因となったという。それだけではなく、高校サッカーは人間的にも成長できた人生の分岐点だったと話す。

「正直、監督と衝突するようなこともありましたし、静岡で合宿していて僕ひとりだけ帰らされたりしたこともありました。いま思い返してもやっぱり高校の時が一番練習量は多かったと思いますし、僕自身、高校3年生でキャプテンをやらせてもらったりとか、人間的にひとつ成長させてもらったのかなっていうのは一番感じています」

 桐光学園は昨年のインターハイで初優勝を果たし、今年は連覇のかかる大会となるはずだった。小川はお世話になった母校を気にかけ、「#つなぐ」プロジェクトを通じてマスクを寄贈。目標としていた大会を失った高校生らには、「中止になってしまったものは仕方のないことなので、忘れてとは言わないですけど、次の目標に向かって前を向いて、今できることをやってほしい」とエールを送った。

取材・文●手塚集斗(サッカーダイジェストWeb編集部)

関連記事(外部サイト)