ちょうど23年前の5月28日、ユベントスは至高の舞台で“呪い”をかけられた

ちょうど23年前の5月28日、ユベントスは至高の舞台で“呪い”をかけられた

97年5月28日に行なわれたCL決勝。ユベントスはドルトムントのリードレ(写真中央左)にゴールを奪われ……。写真:Getty Images



 現在、セリエAを8連覇中。毎年「前人未到」を更新する、まさしくイタリアの巨人である。

 しかし、国内では無双のユベントスも、チャンピオンズ・リーグ(以下CL)のタイトルからは、もうかれこれ20年以上も見放されている。

 なぜ、ヨーロッパで勝てないのか。

 その挑戦が失敗に終わるたびに、著名な解説者やジャーナリストは敗因を求めて口角泡を飛ばすのだが、いまもって明確な答えは見つからない。

 かつての名将アリーゴ・サッキは、「彼らは引いてカウンターを狙うばかりで、実質15分間しかプレーしていない」と、守備的な戦術を槍玉に挙げた。その一方で、「国内に敵はなく、プレッシャーのかかる試合に慣れていない」と指摘する者がいれば、もはや達観したように「不運」の二文字ですべてを片付けようとする者もいる。

 昨シーズンまで指揮を執ったマッシミリアーノ・アッレグリは、在任5年で二度、チームをCLファイナルの舞台に導いた。しかし、14−15シーズンはリオネル・メッシのバルセロナに、16−17シーズンはクリスチアーノ・ロナウドのレアル・マドリーに屈している。相手が悪かったと、そう嘆きたくなる気持ちも分からなくはない。

 ならばと、18年の夏には巨額を投じて「CL男」のC・ロナウドをマドリーから獲得。先行投資型だった従来の補強方針を大きく転換したが、もはやなりふり構ってなどいられない。サポーター、そしてすべてのクラブ関係者が、リーグの覇権を差し出してでもビッグイヤーと抱擁したいと願っていた。
 
 しかし、それでもヨーロッパの頂点には立てなかった。

 アトレティコ・マドリーと対峙した昨シーズンのラウンド・オブ16では、第1レグを0−2で落としたものの、第2レグでC・ロナウドがハットトリックを達成して大逆転。勝負強さで右に出る者がいない稀代のゴールマシンの存在が、「今度こそは」の期待を膨らませたが、しかし続く準々決勝でアヤックス・アムステルダムにあっさりと足をすくわれている。

 国内では無敵ながらCLで勝てないのは、バイエルン・ミュンヘンも同じだが、そのドイツの雄が最後にビッグイヤーを掲げたのは12−13シーズン。たかだか7年前である。ヨーロッパ有数の強豪でありながら、四半世紀近くも栄光から遠ざかっているユーベは、大げさではなく呪われているとしか思えない。
 

 ユーベに呪いがかけられているとすれば、それは“オリンピアの呪い”だろうか。1997年5月28日、ミュンヘンのオリンピア・シュタディオンで行なわれたCLファイナル、ドルトムント対ユーベ戦。当時20歳の新星ラルス・リッケンが放ったループシュートの美しい軌道が、今も目を閉じれば鮮明によみがえる。

 72年ミュンヘン五輪のメイン会場となったオリンピアは、誇るべき伝統と引き換えに老朽化が進み、不粋な陸上トラックを挟んで設えられた傾斜の緩いスタンドは、お世辞にも見やすいとは言いがたかった。メインスタンド側だけに架かった蜘蛛の巣のような屋根は、何度となく補修されたのか継ぎはぎだらけで、ペット・ショップ・ボーイズが歌う『Go West』を力なく反響させていたことを覚えている。

 ドルトムントにとっては準地元ながら、戦前は前年王者ユーベの連覇を予想する声が圧倒的だった。なにしろ、この96−97シーズンから新たにジネディーヌ・ジダン、アレン・ボクシッチ、クリスティアン・ヴィエリといった強力アタッカーを加えたタレント軍団は、ここまで無敗をキープ。しかも準決勝では、1年前のファイナルで死闘を演じたアヤックスを、2試合トータル6−2で粉砕していた。

 事実、試合は立ち上がりからユーベ・ペースだった。開始6分の決定機をヴィエリが確実にものにしていれば、そのまま一気に押し切った可能性もある。

 しかし、序盤のユーベの波状攻撃を、古巣対決となったボランチのパウロ・ソウザ、リベロのマティアス・ザマーを中心に丹念に跳ね返したドルトムントは、29分、34分と“空の王者”カール=ハインツ・リードレが立て続けにネットを揺らし、瞬く間に2点のリードを奪うのだ。

 反撃に出たいユーベだが、41分のジダンのシュートはポストに阻まれ、直後のヴィエリのゴールはハンドの判定で取り消される。不運の影がじわりと忍び寄る。
 
 66分、後半の頭から出場していたアレッサンドロ・デル・ピエロが、ボクシッチのクロスを華麗なヒールで流し込み、ユーベが1点差に迫る。しかし数分後、エリア内でデル・ピエロが倒されるもPKの笛は鳴らない。不運がしっかりとした輪郭を帯びていく。

 そして迎えた71分、投入直後のリッケンが、ピッチに立って16秒後のファーストタッチでユーベGKアンジェロ・ペルッツィの頭上を抜き、勝負は決したのだ。

「フィジカル面ですべての選手がベストの状態だった。我々が勝ったのは偶然ではない」

 試合後、ドルトムントのオットマール・ヒッツフェルト監督はそう言って胸を張った。

 一方、敗れたユーベのマルチェロ・リッピ監督は不運の数々を嘆いたが、はたして優位を予想されたチームに油断や慢心はなかったか。
 

 この試合以降、ユーベはCL決勝でまったく勝てなくなった。翌97−98シーズンのR・マドリー戦、02−03シーズンのミランとの同国対決も含め、現在ファイナルは5連敗中である。

 オリンピアはその後、最新鋭のアリアンツ・アレーナに取って代わられ、結局ドルトムントの初戴冠を見届けたのを最後に、それから一度もCLファイナルの舞台となることはなかった。
 
 そしてユーベは、まるでオリンピアの蜘蛛の巣に絡めとられた巨大な蝶のように、あれからずっと身もだえを続けている。

 十分な実績を残したアッレグリを切り、よりスペクタクルなサッカーを志向するマウリツィオ・サッリを招聘した今シーズン、はたして彼らは“オリンピアの呪い”を断ち、悲願を成就できるだろうか。リヨンとのラウンド・オブ16第1レグを0−1で落としたユーベは、後がない状態でCL再開の時を待っている。

 2020年5月28日、あのオリンピアの夜から、早くも丸23年を迎えた。

文●吉田治良(スポーツライター)

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