「家には石が投げ込まれ…」本田圭佑に憧れるパレスチナ代表の主軸DFがイスラエルへの移籍で“追放”の危機。誹謗中傷も相次ぐ

「家には石が投げ込まれ…」本田圭佑に憧れるパレスチナ代表の主軸DFがイスラエルへの移籍で“追放”の危機。誹謗中傷も相次ぐ

本田(右)とのユニホーム交換は「最高の思い出」と語ったジャバー(左)。(C)SOCCER DIGEST



 パレスチナは国家とは正式には認められていないものの、サッカー協会も代表チームも存在する。

 アブダラ・ジャバーは、そのパレスチナ代表の中心選手だった。2014年に代表でデビューを飾って以来、すでに56キャップを刻んでいる。35試合が公式戦でうち13戦はワールドカップ予選だ。国際試合でプレーする機会が少ないパレスチナ代表にあっては、かなりの数といえるだろう。

 パレスチナ・リーグのベストプレーヤーに選ばれたこともあるその27歳のDFが、代表チームから追放された。理由は、5月25日にイスラエルのクラブチーム、ハポエル・ハデラと契約したからだ。

 イスラエルはユダヤ人の国家といわれているが、実際はアラブ系住民も数多い。サッカークラブにもアラブ人選手は数多く存在するが、敵対しているパレスチナ籍の選手はほとんどいない。ジャバーは、イスラエルのタイベで生まれた“アラブ人”だったが、後に家族とパレスチナに移住し、現在は“パレスチナ人”だ。

 従って今回の契約は、イスラエルとパレスチナのサッカーを繋ぐ平和と友好の懸け橋となるのではないかと期待された。だが、やはりそういうわけにはいかなかった。
 
 パレスチナ代表は彼から代表の権利を剥奪し、彼とその家族には「裏切り者」の烙印が押され、家には石が投げ込まれた。ジャバーのSNSには、700件近い誹謗中傷のコメントが書き込まれ、彼は、警察の勧めでSNSのアカウントを全て消し去ってしまった。

 ジャバーがこうしたパレスチナとイスラエルの問題に翻弄されるは、これが初めてではない。

 2016年にエジプトのエル・モカウローンというクラブに移籍しようとした時のことだ。エジプトはアラブ世界で最高峰のリーグであり、ここでプレーするのは中東地域選手の憧れでもある。ジャバーもエジプト行きが決まり喜びを隠せなかった。

 ところが、契約を交わしにカイロに飛ぶと、5日間そこに滞在したのちに、突然契約はなかったことにしてくれと言い渡された。この時に、理由は一切告げられなかった。

 それから数か月後、今度は同じくエジプトのアル・イテハド・アレクサンドリアからオファーを受けた。しかしこの時も契約寸前で破談になってしまった。その理由は、パスポートにあった。

 彼はパレスチナ人だが、国際的にはパレスチナは国家として認められていない。彼が持っているのはパレスチナの通行証であり、この通行証が通用するのはパレスチナと外交関係を樹立した国だけで、それ以外の国に渡航するには他の正式なパスポートがいる。

 イスラエル生まれのジャバーは、イスラエル発行のパスポートを持っていた(イスラエル入国の事実が分かると、アラブ諸国では入国拒否されるケースが少なくない)。しかし、これが問題だった。

 エジプトのクラブへの移籍が2度もご破算になったのは、アラブ世界に敵対するイスラエルのパスポートを持っている者は、選手として適当でないという理由だったのだ。しかも、アル・イテハドの場合ははじめからその事実を知っていた。それでも優秀な彼を欲しがったのだ。

 にもかかわらず、メディアやサポーターの反発を恐れて、契約を破談にしたのだ。こうしてジャバーのエジプト行きの夢は潰えた。2度目の破棄を知った時、彼はホテルの部屋に閉じこもり、ずっと泣いていたという。
 
 FIFAはサッカーと政治は関係ないという。しかしジャバーはその27年の人生の中で、2度、いや3度もそのキャリアに影響を受けてしまった。それは紛れもない事実である。そしてFIFAはそれに対し、実質的に何も手を打たないのである。

 今回の代表追放を受け、ジャバーは「納得できない」と嘆いている。

「僕はサッカー選手で、政治は関係ない。世界の他の選手と同じで、自分の力を発揮できるチームでプレーしたいだけなんだ」

 たった一つの救いは、ハポエル・ハエダのサポーターが彼を歓迎してくれていることだという。

「彼らからの“ようこそ!”というメッセージは、僕の心を癒してくれる」
 
 パレスチナでトップ3に入る実力を誇るジャバーは、日本代表とも過去に数回対戦している。彼の憧れは本田圭佑(ボタフォゴ)だという。左SBなのに、この日本人MFのプレーが好きすぎて、一度は本気でMFへの転向を考えたという。

「ホンダと対戦する時はいつも、つぶさに彼の動きを見ているんだ。インテリジェンスがあって、その動きには必ず何か意図がある。そのプレースタイルが大好きなんだ。イニエスタとカカ、ジダンを混ぜた感じだね。ホンダはスペシャルだ。彼とユニホームを交換したのは最高の思い出さ」

 政治に翻弄されたジャバーのキャリアが、ポジティブな方向に進むのを祈るばかりだ。

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。
8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。
 

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