「僕はマークを巻いてるだけ」南アでの大抜擢!長谷部誠が難局で見せた振る舞いとは?【日本代表キャプテンの系譜】

「僕はマークを巻いてるだけ」南アでの大抜擢!長谷部誠が難局で見せた振る舞いとは?【日本代表キャプテンの系譜】

キャプテンとして南アW杯に臨んだ長谷部。日本を16強に導いた。写真:サッカーダイジェスト



 98年フランス大会から6度のワールドカップに出場している日本代表。チーム状態も結果も大会ごとに異なるが、全世界が注目し、プレッシャーのかかる大会でチームを力強くけん引したのがキャプテンの存在だ。井原正巳(柏ヘッドコーチ)をはじめ、森岡隆三(解説者)、宮本恒靖(ガンバ大阪監督)、長谷部誠(フランクフルト)と過去4人が大役を務めているが、それぞれ困難や苦境に直面し、自分なりのアプローチで解決策を見出してきた。それぞれのチームにおける歴代キャプテンのスタンスや哲学、考え方をここで今一度、振り返っておきたい。(文●元川悦子/フリーライター)

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 今からちょうど10年前の6月。日本代表は2010年南アフリカワールドカップに向け、事前合宿地のスイス・ザースフェーで高地順化を含めた最終調整段階に突入していた。5月24日の壮行試合・韓国戦(埼玉)で0-2の完敗を喫し、岡田武史監督(FC今治代表)が日本サッカー協会の犬飼基昭会長(当時)に自身の進退を問うという大混乱のなか、彼らは現地入りしたわけだが、5月31日のイングランド戦(グラーツ)前に指揮官は大きな賭けに出た。キャプテンを中澤佑二(解説者)から長谷部誠(フランクフルト)に代えるという大胆策を講じたのである。

 この時の代表は、最年長・34歳の川口能活(協会アスリート委員長)を筆頭に30代選手が7人いた。そのすぐ下にアテネ世代の松井大輔(横浜FC)や駒野友一(FC今治)ら30歳手前の面々が7〜8人いて、26歳の長谷部は下から6番目という若さだった。「若い世代ではハセだろうと思っていた」と好意的に見る駒野のような選手もいる一方、長く代表にいる年長者たちはどこか複雑な感情を抱いたのではないか。中澤は岡田監督が横浜F・マリノスをJ1制覇へと導いた時から強い師弟関係で結ばれていたし、川口も指揮官がわざわざ「チームをまとめてくれないか」と本番直前に電話で依頼するほどの信頼関係があった。その2人をあえて外して、若い長谷部を抜擢するというのは、サプライズ以外の何物でもなかったのだ。

 困ったのは、当の本人だ。

 イングランド戦後には「キャプテンは試合前に言われました。僕もビックリしましたけど、キャプテンは誰がやってもいいし、そんなに特別なことができるわけじゃないんで。ただ、マークを巻いているだけですから」と発言するのが精一杯。数日後に「キャプテンに向いているんじゃないか」と水を向けた時も「いやいや、そんなことないです。僕、そういうのはほとんどやったことないから。中学までくらいです」と遠慮がちにコメントしていた。先輩たちを立てながらも、監督から託された大役を懸命にこなそうとしている様子が当時の長谷部から窺えた。
 

 結果的に岡田監督の賭けは成功した。イングランド戦から阿部勇樹(浦和)をアンカーに配した4-1-4-1の超守備的布陣にシフトしたことで、チーム全体が落ち着いたのだ。楢崎正剛(名古屋CFS)から川島永嗣(ストラスブール)へのGK変更も、キャプテン交代同様にチームの風通しをよくする効果があった。

 20代前半の本田圭佑(ボタフォゴ)や長友佑都(ガラタサライ)らにしてみれば、年齢の近い長谷部や川島には本音をぶつけやすいし、松井ら30歳手前のグループも言いたいことが言える。若手や中堅が力を発揮するようになれば、ベテラン勢も「俺たちも負けてはいられない」という雰囲気になる。まさに指揮官の狙い通りにチーム全体が前向きに進み始めたのである。

 6月4日のコートジボワール戦(シオン)を経て、南アのベースキャンプ地・ジョージに入ってから、岡田監督は本田の1トップ起用というさらなる秘策に打って出た。ジンバブエとのテストマッチで代表初の右サイドに抜擢された松井も「え、右?」と驚きを隠せなかったという。

「最初にハセからボールを受けた時に『なんか、おかしい』と感じたんです。ハセとの距離感が遠くて、前には圭佑しかいない。コマちゃんが上がってくるのを待てばいいのか、ハセを待てばいいのか分からなかった。ハセに『なんで上がってこないの?』って言ったら、『え?』って顔してたけど、『これって自分で行けってことか』と後になって気づいた。嘉人(大久保=東京V)と圭佑の3人で攻める形なんだとね」

 長谷部と遠藤保仁(G大阪)、阿部勇樹の中盤3枚は、あまり高いポジションを取らず、守備重視の役割に徹していた。長谷部にしてみれば「自分たちが全部フォローするから前3人には自由に行ってほしい」ということだったのかもしれない。そうやって要所要所でスペースを埋め、ピンチを未然に防ぎ、献身的にチームを支えることでしか、急造キャプテンの役割は果たせない……。彼自身はそんな心境でいたのではないか。
 

「前に出すぎないリーダー」というのは、周りを輝かせるものだ。結果的に6月14日の初戦・カメルーン戦(ブルームフォンテーヌ)では松井が得意の切り返しから絶妙のクロスを上げ、前線のエアポケットに入り込んだ本田が決勝点を奪った。19日の第2戦・オランダ戦(ダーバン)はヴェズレイ・スナイデルにスーパーシュートを決められ、0-1で苦杯を喫したものの、24日のグループ最終戦・デンマーク戦(ルステンブルク)は3-1で勝利。本田、遠藤が伝家の宝刀の直接FKを決め、大会直前にスタメン落ちした岡崎慎司(ウエスカ)もダメ押し点を奪った。

 デンマーク戦では相手の布陣に合わせて遠藤・阿部の2ボランチで入ったが、序盤は混乱。開始10分過ぎに遠藤らが「元に戻した方がいい」と提言し、4-1-4-1に変更することになったが、こうした場面でも長谷部は仲間の考えを尊重。岡田監督とのつなぎ役に徹した。そうやって要所要所では言うべきことを言うのが、26歳の若きキャプテンだった。試合後にも「オカは最近、なかなか試合に出られない中で決めてくれた。チームとしても盛り上がるのですごくよかった」と岡崎を慮る発言をするなど、つねに気配りを怠らなかったのも特筆すべき点だ。

 こうして一枚岩になった日本は下馬評を覆してベスト16進出を果たし、パラグアイ戦(プレトリア)も延長・PK戦の死闘を演じた。駒野のPK失敗が響いてベスト8の壁は破れなかったが、彼らは最後の最後まで諦めずに戦い続けた。敗れた後、長谷部は駒野を励まし、ベンチで支えてくれた川口や中村俊輔(横浜FC)らを労うなど、チームメートに敬意と感謝を示し続けた。

 もうひとつ、印象的だったのが、試合後のミックスゾーン。号泣する駒野が無言で通り過ぎ、中村俊輔や内田篤人(鹿島)も涙を流す中、ラスト数人というところで現われたキャプテンは報道陣の何重もの人垣を見て「押さないでください。大きい声で喋るんで大丈夫です」と真っ先に声をかけたのだ。取材者にまで気配りしたうえ、「僕はキャプテンらしいことは本当に何もしてなくて、能活さん、ナラさん、佑二さんがチームを引っ張ってくれた。自分はプレッシャーも何もなくやれました。僕は今でも佑二さんがキャプテンだと思ってるし、一時的にマークを預かっているだけという気持ちです」と言い切ったのだから、パーフェクトな対応だったと言っていい。

「みんながやりやすいように振る舞う」という長谷部の首尾一貫した行動は真のリーダーに相応しかった。あの修羅場で彼を抜擢した岡田監督の心眼には本当に恐れ入る。

文●元川悦子(フリーライター)

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