【高原直泰/この一枚】「ハ・ポ・ネ・ス!」のコールが響き渡り、歓喜と怒りが渦巻くファナティックな空間で得たものとは?

【高原直泰/この一枚】「ハ・ポ・ネ・ス!」のコールが響き渡り、歓喜と怒りが渦巻くファナティックな空間で得たものとは?

アルゼンチンでの挑戦は約半年間で終わったが、得るものは多かったはず。日本に戻った高原は02年シーズン、磐田のリーグ優勝に大きく貢献し、自身はMVP&得点王に輝いた。写真:徳原隆元



 2001年8月19日、アップをしながら出場のチャンスを待っていた高原直泰が指揮官に呼ばれたのは74分だった。高原をピッチへと送り出す決断を下した指揮官は名将カルロス・ビアンチ。

 スタジアムはエスタディオ・アルベルト・J・アルマンド。通称ラ・ボンボネーラ。アルゼンチンが誇る強豪ボカ・ジュニオルスの本拠地で、骨太なサポーターが作り出すファナティックな空間は南米でも屈指の熱きスタジアムだ。

 アルゼンチンリーグ開幕戦のボカ・ジュニオルス対アトレティコ・ベルグラーノの一戦は1-1のまま終盤を迎えていた。この勝負どころで、ビアンチはチームに合流して間もない高原を投入する。南半球に位置するアルゼンチンの冬の冷たい風を受けてピッチを走る高原。急勾配のスタンドに陣取るサポーターたちは「ハ・ポ・ネ・ス(日本人)! ハ・ポ・ネ・ス!」のコールで日本人FWを後押しした。

 高原は攻撃的布陣となる3トップの中央を任され、前線を果敢に動き回りゴールを目指した。だが、コンビネーション不足もあってシュートを打つことができずに終わった。チームも終盤に2点を許し1-3で敗戦。アルゼンチンでのデビュー戦はほろ苦いものとなった。
 
 アルゼンチンのサッカーは掛け値なしにタフな戦いだ。フィジカルを前面に出してボールを奪い合い、真正面からノーガードで撃ち合うような激しさがある。もちろん随所で南米特有の高いボールテクニックは見られるが、ゲームを形作っているのは荒ぶるファイトスタイルだ。

 開幕戦はわずかなプレー時間しか与えられなかった高原だが、FWとして万能型の彼なら、これからチームメイトと多くの時間を共有していけば、アルゼンチンリーグのスタイルにも上手く適応し、活躍できるのではないかと期待を感じた。試合後、ビアンチも「タカハラはもっとできる」とコメントを発している。

 しかし、高原に与えられた挑戦の時間は短かった。アルゼンチン経済を襲った不景気の煽りを受けて、高原は契約解除の憂き目に遭い、半年でチームを去ることとなってしまう。
 

 では、高原は半年という短い期間で、アルゼンチンサッカーから何を得ることができたのか。収穫は、厳しい南米サッカーの風土を肌で感じられたことだと思う。

 ラ・ボンボネーラはサポーターの圧倒的なエネルギーが渦巻き、歓喜と怒りが危ういバランスで保たれている独特の雰囲気が漂う場所だ。サポーターたちは、自らのアイデンティティをクラブに重ね合わせ、チームの勝利をイコール自分たちの成功と考えている。サポーターとチームは一心同体で常に勝利者であることを望んでいるのだ。

 もちろん、どんなチームでもサポーターは選手に対して勝利を期待している。しかし、アルゼンチンで最も人気が高いボカ・ジュニオルスとなると、そのサポーターの思いは強烈である。

 高原は南米のサッカー大国で、日本ではあまり経験することがない、サポーターから発せられる強烈なプレッシャーと向き合い、プレーすることを経験した。この状況は彼の精神面をより鍛え上げ、自身はプロとして試合に勝つ意義を改めて深く知ったのではないだろうか。高原にとってアルゼンチンでの経験は、決して無駄な時間ではなかったはずである。

取材・文・写真●徳原隆元

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