憧れのカズと映画鑑賞。プロとしての振る舞いも学ぶ【ファルカン・ジャパンの“10番”岩本輝雄の栄光と苦悩の記憶|EP2】

憧れのカズと映画鑑賞。プロとしての振る舞いも学ぶ【ファルカン・ジャパンの“10番”岩本輝雄の栄光と苦悩の記憶|EP2】

代表では憧れの存在だったカズとともにプレー。「自分から話しかけて、いろいろと教えてもらった」。(C)J.LEAGUE PHOTOS



【前回までのあらすじ】
 1994年の春に発足したファルカン・ジャパンで、岩本輝雄は日本代表に初選出される。当初は、嬉しさより驚き、楽しみより不安のほうが大きかったが、トレーニングを重ねていくうちに「選ばれたからには、試合に出てみたい」と思うようになっていた。

――◆――◆――

<エピソード2>
 ファルカンは、積極的に選手とコミュニケーションを取るタイプの監督ではなかった。テルも「あんまり話すことはなかったかな」と振り返る。ポルトガル語を自在に操るカズ(三浦知良)を介して、「頭を使え、というより、もっと身体を動かせ」と要求されていたという。

 ほぼ週2ペースでゲームをこなすJリーグを戦っていただけに、フィジカル的には多少の疲れはあった。「当時は延長戦もあったし、キツイと言えば、キツかった」。それでも、21歳という若さも武器に、トレーニングから必死にアピールして、2試合が組まれた5月のキリンカップ、最初のオーストラリア戦に臨むことに。

 ファルカン・ジャパンの初陣で、テルは左SBで先発。スタメンでの抜擢に関しては、それまでの練習でも主力組に入っていただけに、心の準備はできていた。

「広島ビッグアーチでね。試合前、グラウンドに出る前にメンバーが紹介される。背番号6の自分の名前がコールされる。さすがに鳥肌が立ったね」

 間違いなく、緊張していた。試合開始直後、浮いているボールをバックパスしたが、「それが緩くて、自陣で相手に奪われそうになった」。だが、危うくピンチになりかけた場面で、同サイドのCB井原正巳が鋭いカバーリングを見せ、事なきを得る。

「行くぞ、テル!」

 自分のミスを救ってくれた大先輩の激に、緊張がほぐれて、落ち着きを取り戻すことができた。今思えば、あのバックパスは消極的な選択だった。井原の完璧なサポートに感謝しつつ、「もっと積極的に行こう」と切り替えて、アグレッシブなプレーを心がけた。
 
 試合は1-1のドロー。テルはフル出場で90分を終えた。

「相手は強かったし、Jリーグとスピードが違ったけど、まずまずできたんじゃないかな。何回か良い形でオーバーラップできたし。緊張はあったけど、いつも通りにやろうって」

 続く国立でのフランス戦では、世界の実力を目の当たりにする。1-4の完敗。この試合でも左SBで先発したが、「自分のサイドからけっこうやられた」と悔しさを滲ませる。

「フランスは相当に強かった。予選で負けて94年のワールドカップには出ていないけど、もうモノが違ったよ。カントナ、パパン、ジノラ、デシャン、ジョルカエフ、デサイー、ブラン……ヤバいでしょ(笑)。ワールドカップに出てたら、優勝してもおかしくないメンバー。サイドチェンジもされまくったし、まるで歯が立たなかった」
 

 主に守備面のパフォーマンスについて「マスコミにもだいぶ叩かれた」が、スタンドを沸かせるプレーも見せた。「ドリブルで3人ぐらい、かわしたんだよね」。だが、心から喜べない。ドリブルの方向が、“前”ではなく“横”だったからだ。

「観衆が『おおっ!』ってどよめいたけど、自分は横にドリブルしただけ。相手からすれば、怖くもなんともない。こっちはゴールに向かって進んでないんだから。ドリブルを“させられた”だけ」

 自らの力不足と世界との埋めがたい差を痛感した。だからこそ、貴重な経験であり、大きな刺激を受けた。「スピード、高さ、強さ、判断。すべてのレベルが違う。だから、もっと頑張らないと、もっと練習しないと、って思った」。

 代表デビューを果たしたこのキリンカップを思い返し、テルは「勉強することばかりだった」としみじみと語る。「練習も、試合も、マスコミの反応も、世界との差も、いろんなことを学んだ」。練習では、ポジショニングひとつとっても、「求められることに応えようと」必死だった。これまでは、所属クラブでのプレーだけに専念していればよかったが、そこに代表での活動が加わる。「リズムを掴むのが難しかったし、遊ぶ暇もなかったね(笑)」と懐かしむ。

 代表に選ばれると、取材の数も「一日に5件とか、ほぼ毎日だった」と一気に増えた。大変だったが、そのすべてに応じた。
 
 もちろん、まったく休みがなかったわけでもない。キリンカップの期間中、オフを利用して憧れのカズに映画に連れて行ってもらったことがある。

「カズさんは当然だけど、俺もJリーグに出始めていたし、歩いていたら、たくさんの人が集まってきて、凄いなって。映画はカズさんがチケット代を出してくれて、おつりをもらっていなかったから、俺がそれを受け取りに行ったら、カズさんから『戻してこいって』って怒られた」

 プロのサッカー選手として、ピッチ外でいかに振る舞うかも学んだ。

 ピッチ内に目を向ければ、キリンカップの前と後では、自分の中で明らかな変化を感じていた。「Jリーグでは、代表の試合と比べるとスピードがゆっくりというか、余裕ができた」。欲もさらに出てきた。「世界は甘くないけど、もっと代表で活躍したい」と。

 より高みを目指し始めたテルは、ある欲望が抑えきれなくなってもいた。もし次の代表でも選ばれたら、「監督に絶対に言おう」と決意を固めた。

<エピソード3に続く>

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

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