「俺でいいのかよ」。そして叫び出したくなる衝動を堪えながら【ファルカン・ジャパンの“10番”岩本輝雄の栄光と苦悩の記憶|EP4】

「俺でいいのかよ」。そして叫び出したくなる衝動を堪えながら【ファルカン・ジャパンの“10番”岩本輝雄の栄光と苦悩の記憶|EP4】

10番を託されて挑んだアジア大会だったが、思うようなプレーを見せられず苦しんだ。(C)J.LEAGUE PHOTOS



【前回までのあらすじ】
 ガーナとの2連戦が組まれた7月のアシックスカップでは、SBではなく中盤でプレーした岩本輝雄は、2戦目で嬉しい代表初ゴールを記録。ファルカン監督からは「クラブに戻ったら、とにかく点を取りに行け」と発破をかけられた。その要望どおりに得点を重ね、10月のアジア大会に向けて準備を進めていた。そして、合宿がスタート。宿舎の部屋に入ると、予想しなかった事態に直面する。

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<エピソード4>
「あれ、部屋を間違えたかな?」

 宿舎の自分に割り当てられた部屋のドアを開けて中に入り、用意されていたユニホームの一式を確認すると、まずそう思った。青いユニホームには、10番が縫い付けられてあったからだ。

「10番はノボリさん(澤登正朗)だと思っていたし、俺はそれまでの6番でいいじゃんって。嬉しさというより、俺でいいのかよって」

 伝統の10番を託された。チームメイトの目が気にならなかったと言えば、嘘になる。ベルマーレでも同僚で、信頼を置いている名良橋晃とは、新背番号に関して少しだけ話をした。「ナラは、いいんじゃないって言ってくれて」。少しは気分が軽くなったが、それでも「多分、プレッシャーはあったと思う」。

 オーストラリアとの壮行試合、もはや定位置になったと言ってもいい中盤の左サイドで先発。結果は0-0の引き分け。テル自身のパフォーマンスは、際立って良かったわけでも、悪かったわけでもない。可もなく不可もなく。本人は「まあ、普通だった」と回想する。
 
 迎えたアジア大会のグループリーグ、UAEとの初戦、続くカタール戦で、日本はいずれも1-1と勝ち切れなかった。この2試合に先発したテルも、「難しかったかな。期待に応えられなかったと思う。サイドハーフで、チャンスメイクのところでほとんど何もできなかった」と悔やんだ。

 思うような活躍ができなかった理由については「どうなんだろう……そこは今も分からないんだよね。コンディションのせいにしたくないし。結果を出さないと、とは思っていたけど」と言い淀む。

 マイボールにすれば、近くの味方に当てて、すかさずスペースに動く。正確なミドルやロングキックには自信があったが、どちらかと言えば、パス&ゴーを繰り返し、手数をかけて中盤を組み立てようとする。その狙いは悪くなかったが、「状況に応じて、ダイナミックに行くところは、そうしたほうがよかったかも」という後悔もある。

 新10番の不出来に、メディアの評価は容赦なかった。なかには“闘う姿勢が見えない”といった趣旨の批判もあった。当たり前だが、闘う姿勢がないわけがない。それを上手く表現できていなかった部分はあったかもしれないが、一秒たりとも手を抜いてプレーした覚えはない。

「良い時は持ち上げられて、ちょっと悪いと、一気に落とされる。なんだよ、これって。メディアに対する不信感は確かにあった。本当にサッカーを分かってるのかって。気持ちが見えない? じゃあ、なんでもかんでもスライディングすればいいのかよって」

 やり場のない怒りを一気に吐き出した後、テルは静かに言葉を紡ぐ。

「でも、厳しく評価されるなんて、それが普通なんだよね。特に代表にもなれば。プロとしてもまだ1年目だったし、あの頃は、そういうこともよく分かっていなかった」
 

 10番の重圧、自分でも分かる低調なパフォーマンス、「でも、そこまで悪いかな」という迷い、結果を出さなければという焦り、周囲からの辛辣な評価……叫び出したくなる衝動を堪えるしかなかった。ストレスに苛まれた。

 もっとも、カタール戦での同点弾は、テルのミドルから生まれている。ペナルティエリアの左角で柱谷哲二からのパスを受けると、自慢の左足を一閃。軸足の右足が宙に浮くほど、思い切り振り抜いた。惜しくもこれは相手GKにセーブされるが、こぼれ球を拾った北澤豪が折り返し、最後は高木琢也が押し込んだ。

 しかし、次のミャンマーとのグループリーグ最終戦は先発から外される。ファルカン・ジャパンが始動し、すべての試合でスタメンを飾ってきたが、その記録がついに途絶えた。

「前の2試合が決して良くなかったからね。しょうがないかなと思った。監督からは、先発落ちの説明はなかった。自分のポジションには、調子が良かったノボリさんが入った」

 代表では初めてベンチから戦況を見つめる。「特に何も考えていなかった。出たら、結果を出す。それしか頭になかった。批判を黙らせる意味でも」と神経を研ぎ澄ませる。
 
 日本が2-0とリードする76分、高木との交代で途中出場する。その5分後、カウンターで左サイドを駆け上がる。澤登から横パスを受けると、渾身のシュートを叩き込んだ。

「シュートレンジだからね。シュート一択だった。ミャンマーもそれほど強くなかったし」

 いくら相手との力関係があったとしても、サッカーというスポーツはそう簡単に点が取れるわけではない。とはいえ、今の自分に必要なのは、精力的なランニングでも、献身的なディフェンスでもない。ましてやアシストでもない。ゴールしかなかった。批判を覆すには、明確な結果で自分の存在価値を示すしかない。まさに、意地のゴールだった。

 このミャンマー戦、2-0のまま終われば、次の決勝トーナメント準々決勝の相手はクウェートだった。それ以上の点差がつけば韓国で、この段階で“永遠のライバル”との対戦は避けたいという声もあったが、「ベンチから特に指示はなかった」という。そもそも、ゴールという結果に執着していたテルからすれば、次の対戦相手がクウェートだろうが、韓国だろうが、「そんなことまったく考えていなかった」。

<ラストエピソードに続く>

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

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