「長谷部誠にはなれない」後継者・吉田麻也が背負う重圧と立ちはだかるコロナ禍【日本代表キャプテンの系譜】

「長谷部誠にはなれない」後継者・吉田麻也が背負う重圧と立ちはだかるコロナ禍【日本代表キャプテンの系譜】

長谷部の後を受け継ぎ、キャプテンを務める吉田。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)



 98年フランス大会から6度のワールドカップに出場している日本代表を力強くけん引したのがキャプテンの存在だ。井原正巳(柏ヘッドコーチ)をはじめ、森岡隆三(解説者)、宮本恒靖(ガンバ大阪監督)、長谷部誠(フランクフルト)と過去4人が大役を務めているが、それぞれ困難や苦境に直面し、自分なりのアプローチで解決策を見出してきた。最終回は、直近のロシア・ワールドカップ後に長谷部からバトンを渡された吉田麻也をクローズアップする。(文●元川悦子/フリーライター)

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「僕も7年半、彼と一緒にやってきましたけど、あれだけチームのことを考えてプレーできる選手は少ないでしょうし、彼の姿勢から学ぶことはたくさんあったので。自分はどうあがいても長谷部誠(フランクフルト)にはなれない。自分のスタイルで代表を引っ張っていかないといけない。でもああいう選手の後をやるのは、やっぱりやりづらいですね……」

 日本がラスト14秒でベルギーの高速カウンターに屈した2018年ロシア・ワールドカップ(W杯)ラウンド16の翌7月3日。2010年南アフリカW杯から8年間、日本代表のキャプテンマークを巻いてきた長谷部が代表引退を正式表明したのを受け、次期キャプテンと目された吉田麻也(サンプドリア)が号泣しながら偽らざる心境を語った。

 川島永嗣(ストラスブール)が「マコ以外のキャプテンというのはハードルが高い」と太鼓判を押した通り、圧倒的存在感を誇ったリーダーの後を引き継ぐのは大きな重圧が伴う。森保監督もその配慮があったのか、欧州組招集を見送った2018年9月シリーズでは、サンフレッチェ広島時代から長い間信頼関係を構築してきた青山敏弘(広島)に重責を託したが、続く10月シリーズからは吉田にバトンタッチ。新たなキャプテンが決まった。

「マヤはご存じの通り、日本代表の中でトップクラスの経験の持ち主。世界でもトップリーグで戦っている。自分自身、つねに向上心を持ってチーム内で全力を尽くしているし、チームを機能させるためにコミュニケーションを取りながらやっている」と指揮官は卓越した国際経験値を高く評価。その言葉通り、当時30歳の吉田には2014年ブラジル・2018年ロシアと2度のW杯経験、オランダ・イングランドで足掛け11シーズン戦い抜いてきたキャリアがあった。

 日本代表にはこれまで松田直樹、中澤佑二(解説者)、田中マルクス闘莉王といった能力の高いセンターバック(CB)がいたが、その彼らにもそこまでの欧州経験はなかった。英語を自由自在に操り、さまざまなキャラクターを持つ人の考えを理解できる器の大きさ、そしてユーモアもある。そんな人材は、そうそうお目にかかれるものではない。森保監督があえて大役を任せたのも頷ける話だ。

 キャプテン・吉田にとって最初の大舞台となったのは、2019年アジアカップ(UAE)だった。初戦・トルクメニスタン戦でいきなりミスから失点を食らうという暗雲立ち込めるスタートを強いられながら、グループリーグを首位で通過し、サウジアラビア、ベトナム、イランという難敵を倒してファイナルまで勝ち上がれたのも、新リーダーの統率力なしには語れなかった。20歳のCB冨安健洋とのコンビは安定感があり、若武者もベテラン・吉田と組むことで普段通りの力を発揮できた。そこは前向きに捉えていい部分だろう。

 しかしながら、ご存じの通り、日本は決勝・カタール戦を1−3で落とし、8年ぶりの王座奪還とはならなかった。ボランチ・遠藤航(シュツットガルト)が負傷離脱し、塩谷司(アルアイン)と柴崎岳(ラコルーニャ)が急造コンビを組むことになり、守備バランスが崩れるなど、敗因はいくつかあるが、後半にPKを献上したハンドを含め、全3失点に絡んだキャプテンは、自身の役割を果たしきれなかったことを悔やんだ。

「決勝というのは精神的なところが非常に重要になってくるし、肉体的な部分以上にメンタルの準備をしなければいけない。そこをしっかり締めることができず、チームを律することができなかったのを僕自身が強く感じてます。自分の未熟さをすごく悔いてますけど、この負けからまた進まなければいけない。ここで学んで這い上がって強くなれるかどうかは自分たち次第だと思います」

 吉田は神妙な面持ちでそう語ったが、確かに長谷部であれば浮ついた雰囲気が少しでも散見されたら、容赦なく仲間を怒鳴りつけていたかもしれない。リーダーというのは時には味方にも自分自身に対しても鬼にならなければいけない時がある……。彼はこの大会を通じてそう痛感したのではないだろうか。

 この教訓を生かし、同年9月から始まった2022年カタールW杯アジア2次予選では確実に最終ラインを統率するとともに、チーム全体がブレないような声かけに努めてきた。相手が格下ということもあるが、ミャンマー、モンゴル、タジキスタン、キルギスと対戦した前半4戦の日本は無失点。11月のキルギス戦では史上8人目となる代表キャップ数100試合を達成するなど、キャプテンらしい存在感を示していた。

 しかし、その傍らで所属のサウサンプトンでは出場機会が急激に減少し始めていた。11月以降は出番なしが続き、2020年1月末までの公式戦出場はたったの2試合。うちフル出場したのは1月4日のFAカップ3回戦・ハダーズフィールド戦だけだった。構想外に近い扱いを受けた吉田は冬の移籍期間に新天地を探し、かつて柳沢敦(鹿島ユースコーチ)が在籍したことのあるイタリア・サンプドリアへ6月末までのレンタル移籍が決定。ようやく一息ついたと思われたが、3月8日のヴェローナ戦でデビューを飾った矢先に新型コロナウイルス感染拡大が深刻化し、4か月超もの中断期間を余儀なくされることになった。

 セリエAの再開は6月21日。サンプドリアの次戦は同日のインテル戦だが、吉田の現状については実際のプレーを見てみなければ分からない。7月以降の去就も定まっておらず、今後の身の振り方が大いに気になるところだ。日本代表活動の再開がアジア・サッカー連盟(AFC)のアナウンス通り10月からなのか、2021年にズレ込むかも未知数だが、とにかくその時点で吉田がコンスタントに試合に出られる環境を確保し、いい状態をキープしていることが何よりも重要だ。それが今後の代表生き残りとキャプテン継続の大きなポイントになると言っていい。

 長谷部が34歳で3度目のW杯に参戦できたのも、フランクフルトで不可欠な戦力と認められていたから。彼のパフォーマンスはむしろ年齢を重ねるごとに輝きを増し、膝の怪我を負っていた2014年ブラジルW杯より、2018年ロシアW杯の方が明らかに心身両面の状態がよかった。吉田は長谷部が退く際、「ハセさんの年まで行けるかどうか分からない」とコメントしていたが、同様の領域まで達するには、なんとしてもクラブでピッチに立ち続けることが大前提となる。それを最優先に今後のキャリアを考えていくべきだろう。

 コロナ禍で長期間にわたり代表活動が空き、森保ジャパンのチーム作りは今後、非常に難しくなるはずだ。かつてない難局を乗り切るためにも、吉田の経験値や人間性はやはり必要になる。指揮官自身もそう考えているだろう。だからこそ、キャプテンにはパフォーマンスを落とさず、30代半ばに差し掛かっても成長できるところを示してほしい。まずはセリエA再開時の一挙手一投足をしっかりと見極めたいものである。

文●元川悦子(フリーライター)

【PHOTO】日本代表を牽引してきた歴代キャプテンを紹介!(1991年〜2019年)

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