「メッシとの差は“5センチ”だ」の意味は? 元イタリア代表デ・ロッシが語った“異才”と第2の人生【現地発】

「メッシとの差は“5センチ”だ」の意味は? 元イタリア代表デ・ロッシが語った“異才”と第2の人生【現地発】

そのキャリアで様々な経験をしてきたデ・ロッシが愛した名手たちとは? (C) Getty Images



「メッシは抜きにして? それならマラドーナも省かないと。彼らは我々と同じスポーツをしているわけではないのだから」

 デ・ロッシは、一緒にプレーしたかったアルゼンチン人選手を挙げるうえで、リオネル・メッシが対象外になると言われ、そう強調した。そして、「彼らは次元が違う」と続け、自身が愛した名手たちを語った。

「リケルメのプレースタイルが好きだった。彼は世界のサッカー界における天才だったね。もう一人、私が愛したミッドフィールダーはレドンドだ。素晴らしい詩人だった。そしてベロン。彼はラツィオやインテルでプレーしていたから何度か対戦したことがある。私は若くて恐いもの知らずだったから、いつもベテランたちに歯向かっていった。きっと彼は、ピッチで喋りまくってうるさかった私のことを覚えているに違いない。

 ピッチでとにかくよく喋ったからね。恐いものなんかなかったし、若かったから誰にでも盾突いた。ベロン、キリ・ゴンザレス、アルメイダといったインテルのアルゼンチン勢に突っ込んで行ったものさ。でも、ベロンがレベルの違う選手だってことはわかっていたよ。

 そこから現在に話を移すと、偉大な選手と肩を並べる選手が一人いる。ディ・マリアだ。彼のことはいつも良い選手だと思ってきた。良い表情をしていて、人柄も良さそうだ。自分と同じスポーツをしている選手の中では、彼とアグエロが、最高の選手だ」

 もちろん、メッシと対戦したこともある。2018年4月、第1レグで1-4と大敗していたローマが3-0で逆転して、バルセロナをチャンピオンズ・リーグ(CL)から敗退させた時のことは誰もが覚えているだろう。
 
 あの日、PKから得点をマークしたデ・ロッシは、“クラック(天才の意)”を、独読な言い回しで語った。

「彼と同じピッチに立つことはある種のモチベーションだ。試合前に時折、チームメイトがメッシを感嘆のような目つきで見ているのに気づいたことがあった。私も同じように見ていたことはあるけど、そんな偉大な選手の前では自分の感情や弱さを見せないようにしていた。メッシからボールを奪うと、他の平凡な選手から奪うのとは、また違った感触があるものだ」

「メッシはこの15年間ずっと、彼と同じピッチに立てることを示すためだけに生きている人たちと対戦してきた。そのためにはかなり強いメンタルを維持してきたに違いない。サッカーのことで彼について説明することはもう何もない。表す言葉がないのだからね。

 ロナウドのように、ゴールやトロフィーの数で比較できる良い選手は他にもいるが、サッカーとは観ていて楽しいかどうか、ということでもある。私はメッシのプレーを観るのが好きだ。

 彼にとって唯一ラッキーだったのは、過去30年における最高のチーム、グアルディオラのバルセロナでプレーしたことだ。他のチームメイトたちも、メッシほどのレベルになくても、彼の横でプレーするだけの価値がある選手たちだった」

 酸いも甘いも知る百戦錬磨のデ・ロッシは、時折、メッシに対するいわれのない批判に意見する。

「イタリアで、アルゼンチンではメッシのことを『ペチョフリオ(ハートが冷めた人)』と呼ぶと言ったら、誰にも理解してもらえなくて、むしろ笑われるよ。どうやったらあんなに度胸のあるメッシをペチョフリオと呼べるんだい? パソコンの向こう側からメッシにペチョフリオなんて言う勇気はあっても、テレビのチャンネルを変えるのに自分の奥さんにリモコンを取ってと頼む度胸もないような奴はいるからね。

 それなのに、人生でもう1000ゴールもマークした人をペチョフリオと呼ぶなんて冗談じゃないよ! 愛されると同等に批判されることに耐え慣れた人はメッシの他にいない。時には不公平過ぎる批判を受けながら、だ。

 彼はPK戦の末にコパ・アメリカ決勝で2度敗れた。一方で、私はPK戦の末に世界チャンピオンになった。そのせいで彼はペチョフリオと呼ばれ、私は一緒に戦ったチームメイトとともにヒーローになった。その差はたったの5センチだけだ。そんなのおかしい。納得できないよ。いつもチーム全体を背負っているのはメッシなのだということを忘れないでほしい」

 そんなデ・ロッシは、ローマでの18年で、16人のアルゼンチン人とプレーした。かなりの数だが、元イタリア代表MFには、とりわけ忘れられない男がいる。

「それぞれの良さを挙げることはできるが、強烈な印象を与えてくれたのはバティだ。ローマに入ったばかりの私はまだ若僧だったが、彼はすでに『バティストゥータ』だったからね。彼がロッカールームの中を歩く度にオーラが見えた。並外れていたよ。

 話をしなくても、彼が卓越したサッカー選手であり、優れた人だとわかった。それから(ロッカールームで)彼の隣で着替えるようになったんだけど、感激したよ。なんたって彼は、ローマに来てすぐ次々とゴールを決めて、20年ぶりのスクデットに導いてくれたからね。一緒にトレーニングしながら、私は彼を抱きしめてキスをしたい思いだった。まさかファンと同じように振る舞うわけにはいかなかったけどね」
 
 そして、もう一人、特別な関係にあるアルゼンチン人がいる。元チームメイトで、ボカではある意味で上司となったニコラス・ブルディッソ(ボカの元スポーツディレクター)だ。

「彼とは世界の裏側で再び結びつくことになった。昔とは異なる場所、異なる役目のもとでね。本当に全てにおいて助けてもらった。ローマで一緒にプレーしていた時期のあと、マネージャーとしての彼に会った時、自分が思っていた以上に偉大な人であったことを実感したよ」

 N・ブルディッソを「偉大な友」と語るデ・ロッシは、ボカ移籍を誘われた際の舞台裏を告白した。

「選手としては重鎮的な存在で、イタリアではそういう人を「マルテロ(ハンマー)」と呼ぶのだけど、度が過ぎるほどサッカーに集中していて、プレーするときはいつも全身全霊を注ぐような人で、ものすごくプロフェッショナルなんだ。

 そのニコから『ボカにおいでよ、とても重要な1年なんだ、会長選挙もあってね』と言われて、私は『こいつは何を言ってるんだ? 選挙なんてどうでもいいじゃないか。自分がやりたいのはサッカーだけなのに』と思ったよ。

 欧州ではクラブの選挙のことなんて選手には知らされないからね。でも確かに、アルゼンチンでは事情が異なる。後になって、ボカのようなクラブで会長選があることが何を意味しているのかを理解したよ」

 36歳で現役生活にピリオドを打ったデ・ロッシ。そのキャリアを振り返るうえで、欠かせないのが、2006年のドイツ・ワールドカップ制覇だ。

――世界チャンピオンになることは一体何を意味しているのだろう。君にとっての2006年のワールドカップは何もかもが起きた大会だった。グループリーグの第2節で退場になって、4試合の出場処分を受けて、ようやく戻って来た決勝では、フランス相手にPK戦でキックを決めた。あの時の君はわずか22歳だったね。
 
「22歳の頃というのは、世界チャンピオンになることの意味を理解していないものだ。自身のキャリアにおいて何を意味するかも、国にとっての意味も。イタリアで街を歩いているとみんな挨拶をしてくれて、決勝のフランス戦でPK戦が行なわれていた間にそれぞれが何をしていたか話してくれる。

 誰もあの時のことを忘れたりしないんだ。当時まだ生まれてもいなかった15歳くらいの子が、私を見て感謝してくれることもある。感慨深いよね。情熱的なラテン諸国ではどこでもこういうことが起きるから、アルゼンチンでも78年と86年に世界チャンピオンになった元選手たちはどこに行っても賛辞され続けていることだろう。

 私はどこでプレーしても全力を出し切り、相手チームのサポーターから猛烈な罵声を浴びせかけられたが、一旦試合が終わったら敬意を感じた。それもワールドカップのおかげだったとわかっている。22歳の頃はオープントップバスの上で祝福しながら酔っ払っていても、あとになってから母国の代表として、ワールドカップで勝つがどれだけ意味のあることなのかに気づくものなのさ」

 世界の頂に立ったデ・ロッシは、ファビオ・カペッロ、マルチェロ・リッピ、アントニオ・コンテら多くの名将たちに師事し、自らの肥やしにしてきた。「それぞれの監督から何かを学んだし、そのなかにはあまり良くないと思うこともあった。彼らのミスは、私が同じことをやらないための学びとなる」という言葉からは、監督業への憧れと野心が見え隠れする。

「自分が監督になるのも近いと思う。確信はあるし、準備もできていると感じるし、熱意もある。コーチングスタッフともミーティングをしているんだ。チームはなくても、今まで見たことのなかった位置からサッカーを見て、すでに一緒に仕事を始めている。焦っているわけではないけど、やる気に溢れていて、その可能性にワクワクしているところさ」

 気になることを一つだけ聞いてみた。

「アルゼンチン人の監督から指導を受けたかったと思ったことはあるのか? 例えばメノッティ、シメオネ、ビエルサ、それともビアンチ?」

 そう訊くと、彼はこう返してくれた。
 
「ビアンチはボカにとってとても重要な存在だった。でも前に話したメッシのケースと似ていて、ボカでは神さまなのに、ローマでは愚か者のように思われているんだ。信じられないよ。南米では全てを制した監督で、世界も制覇した。インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)ではベレスとボカを率いて合わせて3回優勝しているのに、おかしいよ。

 ビアンチにはリッピやカペッロと同じ格があるし、絶対的に偉大なんだ。ただ、私は当時まだ若かったから、ボカでの彼のサッカーはあまり覚えていない。今だったら、アルゼンチン最高の監督はシメオネとガジャルドの2人だ。スタイルは全く異なるけどね。メンタルが全く違うし正反対のタイプだけど、どちらもとても優秀だ。

 シメオネはすでに欧州で偉大な監督であることを証明している。ガジャルドはまだこれからだが、彼のスタイルやトレーニングの仕方はとても欧州流だと思う。そして、私にとって一番魅力的なのはビエルサさ。彼の指導を受けた全ての選手が彼のことを称えるし、彼のチームは攻撃的で、楽しむためにプレーするからだ。リーズに行って練習を見学して、ビエルサと少し話をしてみたいと思っている。ぜひ学ばせてもらいたいものだ」

 選手として世界一になった“グラディエーター”が、監督として世界の頂に立つ日はやってくるのだろうか。

取材・文●クリスティアン・グロッソ(Cristian Grosso / La Nacion)
翻訳●チヅル・デ・ガルシア(Chizuru de García)

※『サッカーダイジェストWeb』は、『La Nacion』紙の許諾を得たうえで当インタビューを翻訳配信しています。
 

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