【U-20激闘譜】湘南・岩崎悠人が痛感した世界との差。史上初のアジア制覇と5大会ぶりに参戦したU-20W杯で見たもの

【U-20激闘譜】湘南・岩崎悠人が痛感した世界との差。史上初のアジア制覇と5大会ぶりに参戦したU-20W杯で見たもの

2017年に5大会ぶりにU-20W杯に出場した日本。ベスト16に進出した。写真:滝川敏之



 90年代以降、日本のユース世代は幾度となくアジアの壁を突破し、世界への挑戦権を手にしてきたが、そこにはこの年代ならではの課題や示唆に富むドラマが隠されている。長きにわたり、日本のU-20年代の取材を続けてきた識者が、ポイントとなった世代をピックアップし、キーマンにオンライン取材で直撃。当時のチームについて検証していく。2017年のU-20ワールドカップ韓国大会のチームを取り上げる今回は、湘南ベルマーレに所属するFW岩崎悠人に話を訊いた。(取材・文●元川悦子/フリーライター)

――◆――◆――

 95年カタール大会から7回連続でU-20ワールドカップ(W杯)の大舞台に参戦してきた日本サッカー界。しかし、2009年エジプト大会出場権獲得に失敗してから、2011年コロンビア、2013年トルコ、2015年ニュージーランドと4大会連続で世界から遠ざかった。

 その間、ハメス・ロドリゲス(レアル・マドリー)やポール・ポグバ(マンチェスター・ユナイテッド)のようなスター選手が同大会を経てブレイクしたが、日本の選手たちはその世界基準を体感することができなかった。だからこそ、「2017年韓国大会には是が非でも出るんだ」という機運が盛り上がったのだ。

 2015年3月に発足したU-18日本代表を指揮したのは内山篤監督(現協会技術委員)。2014年10月のU-19アジア選手権(ミャンマー)でアジア予選敗退を喫した一世代上のユース代表を率いた鈴木政一監督(磐田強化本部長)の下でコーチを務めていた内山監督は、97年生まれの小川航基(磐田)、中山雄太(ズウォレ)、三好康児(アントワープ)、板倉滉(フローニンヘン)らをまず招集。JFA U-14エリートプログラム時代から育ててきた98年生まれの堂安律(PSV)や冨安健洋(ボローニャ)も抜擢し、前回最終予選経験者の坂井大将(鳥取)をキャプテンに据えてチーム強化を図った。

 堂安、冨安と同期の岩崎悠人(湘南)も2015年4月に神奈川で行なわれた2度目の合宿から呼ばれ、重要な戦力と位置付けられた。
「高2の春に初めてユース代表合宿に行った時、内山さんが『世界』という言葉を何度も口にしていたのをよく覚えています。前回予選に行ったキャプテンの大ちゃんも『絶対にワールドカップに行くんだ』と熱く語っていた。アジアを突破して、世界大会に行くのは、それだけ難しいことなんだと痛感しましたね」

 内山監督が強く強調したのは、ハードワークと球際の部分。それは2008年のアジア最終予選で負けてから、日本サッカー界でより強調されてきた点だ。ちょうど同じ時期に「デュエル」をモットーとするハリルホジッチ監督がA代表の監督に就任したこともあり、その意識はより鮮明になっていった。

「僕らFW陣は2トップがベースだったので、お互いの動きを見ながら逆の動きをするとかタイミングとかをすごく要求されました。もちろん攻撃の部分だけじゃなくて、前からの守備、激しくプレスに行くことも求められた。内山さんのおかげで守備の部分は自分の武器になりましたね」(岩崎)
 

 彼らは最初の関門である同年10月のU-19アジア選手権予選(ラオス)を3戦全勝で勝ち上がり、2016年10月の最終予選(バーレーン)に挑もうとしていた。内山監督は1次予選から10人のメンバー変更に踏み切り、酷暑のバーレーンで戦い抜ける面々を揃え、初戦・イエメン戦に挑んだはずだった。

 ところが、前半の日本はガチガチに固まり、空回り状態。5大会ぶりの出場権獲得にいきなり暗雲が立ち込めた。

「前半の苦戦は想定内。拓実(南野=リバプール)たちが挑んだ前回予選でも見られたこと。『自分がやらなきゃ』という気持ちが強くて『俺が俺が』となる選手と、ネガティブになって萎縮する選手がいる。イエメン戦の時は半々くらいでしたね」と後に内山監督は述懐したが、ベンチから見ていた岩崎は「最終ラインで回してるだけでミスが起きるような感じで、『すごい硬いな』と。点が入れば問題ないと思いましたけど……」と多少の不安は感じていたという。

 迎えたハーフタイム。内山監督はキッカーの神谷優太(柏)に「航基、雄太、トミのマークは全員大きいか」と問いかけた。彼が「みんな小さいです」と答えると、「じゃあストーンを超えるキックを蹴ればいいだけだ」と伝えた。そうやって冷静に戦況を客観視させた結果、48分には神谷のFKから小川の先制点が入った。これでチーム全体が安定感を取り戻し、岩崎も途中交代で2点目をゲット。最終的に3-0で勝利したのだ。

「大会前に内山さんから『お前はジョーカーだから』と言われて、そのつもりで準備していたら、いきなり初戦で点を取れた。自分としてもチームとしても勢いに乗れました」と高校3年生の点取り屋は自信を手にした。

 2戦目はイランと0-0でドロー。グループ最終戦のカタール戦を迎えた。この時点でイエメンを除く3か国は三つ巴状態。日本は2-2以上のスコアで試合を終えなければ敗退もあり得る状況だった。初先発に抜擢された岩崎は緊迫感を感じつつ試合に入った。

「絶対に勝たなきゃいけない試合で前半14分に先制点を奪ったんです。勝負強さを発揮できてすごく嬉しかった」という彼の一撃がきっかけになり、日本は3-0で快勝。そしてアジア突破の懸かる準々決勝・タジキスタン戦も4-0で難なく勝ち切り、内山ジャパンは最初の目標を達成した。
 

 次なるターゲットはアジア制覇。準決勝・ベトナム戦は先発10人交代で3-0の勝利を収め、サウジアラビアとの最終決戦を迎えた。だが、この相手は他チームとは比較にならないほどレベルが高かった。「それまでの相手は1・2・3回行けばボールを奪えたけど、サウジは5〜6回行かないと奪えない。攻撃陣も個の力に加えて連係面も高かった」と内山監督もコメントした。それでも岩崎らは奮闘し、最終的にPK戦で勝利。日本サッカー史上初の同大会アジア制覇を果たした。

「律がMVPを受賞した時は『お前かい(笑)』って感じでしたけど、尊敬してる選手だし、自分も頑張ろうという気持ちになりました。日本の歴史を変えたことも誇りに感じた。その分、五輪やA代表で活躍しなければいけないという責任感も湧きました」

 語気を強める岩崎が見据えたのはU-20ワールドカップ本番だった。2017年5月の韓国大会までは半年もない。彼自身は京都橘高から京都サンガF.C.入りしてすぐの大会で、環境の変化にも適応しつつ、自身をレベルアップさせなければいけない。それは難しいテーマではあったが、なんとかメンバーに滑り込み、初戦・南アフリカ戦(水原)で先発を勝ち取った。

「ピッチに立って最初に感じたのが世界のポテンシャルの高さ。うまいし、速いし、『これが世界なんや』っていうのをすごく感じました。それまでも海外勢と対戦経験はありましたけど、本気度と迫力、モチベーションが全然違う。全てが想像以上でした」

 相手に気圧された部分が災いしたのか、開始7分に失点したが、後半になって小川、堂安の両エースがゴール。初戦を2-1で白星発進した日本。ところが、第2戦・ウルグアイ戦(水原)で小川が重傷を負うアクシデントが発生。0-2で苦杯を喫し、グループリーグ敗退危機に瀕したのだ。

 ギリギリの状況下で迎えた第3戦のイタリア戦(仁川)。日本は3分と7分に続けて失点。崖っぷちに立たされる。その窮地からチームを救ったのが堂安だった。前半のうちに1点を返し、後半には華麗な4人抜きから同点弾をゲット。終盤は「両者ドロー決着でOK」という無言の申し合わせができ、攻めに行かずにボールを回す異例の展開になったが、最低ノルマの16強入りは果たした。
 

「イタリア戦の律を見ていて『気持ちをプレーに乗せられる選手にならなければいけない』と改めて、思いました。律はあの大会に賭ける思いがすごかったと思うし、対戦相手の選手もそうだった。そこは自分に足りない部分でしたね。それにFWは最後の質が全て。そこは自分自身、チーム全体の課題。取り組まなければいけないと強く感じました」

 岩崎が言うように、日本は決定力の部分で泣くことになる。ラウンド16・ベネズエラ戦(太田)は90分で決着がつかず、延長戦へともつれ込んだが、一瞬のスキを突かれて失点。内山ジャパンの戦いは幕を閉じた。岩崎は小川離脱の穴を埋めるべく、全ての試合で献身的に走り、前からボールを追い、奮闘したが、FWらしい怖さや迫力を出せぬまま、帰国を余儀なくされた。

「小川君がいなくなったことで、チームとしても自分もバランスが崩れたところはありました。僕自身、前線で収めたりタメを作るプレーは苦手なのに、小川君の代わりにムリにやろうとしていた。できないことをして迷いが生まれたのは確かです。『もっと自分のストロングで勝負すればよかった』という後悔が正直、残りました。チームとしても大黒柱がいなくなった状況を想定していなかったし、あらゆる事態に対応できる策を講じておく必要があった。そこは今後の五輪やA代表に生かすべきだと思いますね」

 屈辱感と失望感に打ちひしがれてから3年。堂安や冨安は欧州に戦いの場を移したが、岩崎は京都、コンサドーレ札幌を経て、今季は湘南ベルマーレでJ1の戦いに挑んでいる。「いつか自分も欧州で戦えるようになりたい」と野望を抱きながら、自らの特徴であるドリブル突破やフィニッシュ、運動量に磨きをかけ、飛躍を期している。

「京都では闘莉王さんにいろいろ教わり、札幌ではミシャ監督からこれまで感じたことのないサッカー観を植え付けられて、少なからず成長できたという実感を持てています。今季は湘南で7点以上は取って、来年に延期された五輪を掴みたい。ここでプロとして、人間として一回り大きくなることに集中してやっていきます」

 U-20ワールドカップで学んだ「ストロングで勝負できる選手の重要性」を胸に刻み付けながら、岩崎はここから巻き返しを図っていく。

文●元川悦子(フリーライター)

関連記事(外部サイト)