「もう失うものがないくらいに追い込まれていた」。Jで挫折した世代別代表歴もある“元市船のドリブラー”が、韓国で再起した舞台裏

「もう失うものがないくらいに追い込まれていた」。Jで挫折した世代別代表歴もある“元市船のドリブラー”が、韓国で再起した舞台裏

京都では14年から16年夏までプレーした石田。なかなか出場機会に恵まれなかった。(C)J.LEAGUE PHOTOS



 この選手の名前を覚えているだろうか。
 
 石田雅俊――。元U―18日本代表で、14年に市立船橋高から京都に入団。そして現在は韓国2部(K2)の水原FCでプレーする25歳だ。現在、K2で首位を走るチームにおいて11試合で7得点・2アシスト。毎節のベストイレブンには4度、MVPには3度選出されている。Jリーグで挫折を味わった選手が今、異国の地で大きな注目を浴びている。

 高校時代からドリブラーとして勇名を馳せ、プロデビューイヤーで7試合・2得点。順調にプロキャリアを歩み出したが、その後は結果が出ない月日を過ごした。そして京都からの期限付き移籍という形で加入した18年のJ3・沼津では13試合・1得点。シーズン終了後に契約満了を通告された。
 翌19年、テスト入団として安山グリナースとの契約を勝ち取り、キャンプ合流前には韓国語を独学でマスターした。だが蓋を開けてみれば苦労の連続だった。状態が悪くないのにベンチ入りもままならない日々。異国での孤独感。代理人にはJクラブでなくても良いから帰国させてほしいとまで言った。「もう失うものがないくらいに追い込まれていた」。そして、19年8月2日、イム・ワンソプ監督とミーティングの機会を持った石田は、こう伝えた。

「次の試合で使ってください! もし悪いプレーをしたら、クビになっても良いと思っています」

 受け取りようによっては自らの進退を掛けた直談判。周囲は大慌てだ。だが石田の試合への渇望をイム・ワンソプ監督は理解してくれた。「2週間後の試合に起用する」と約束。そして迎えた8月17日の水原FCとの一戦では2トップの一角として出場し、1得点を挙げた。それ以降、水原FC戦を含めた計13試合で9得点をマークして、転機となった試合の対戦相手だった水原FCのユニホームに今季から袖を通すことになった。

「あの時は気持ちがバグってました。でも2週間で何か変えられるかな、と。自分の過去のプレーを振り返りながら、どうすれば得点が取れるかメチャクチャ自己分析しました。色んなストライカーの映像も見た。昨夏がターニングポイントになったのは間違いないです」

 石田は、プロへの扉を開いたそれまでの石田雅俊を捨てた。

「ドリブルが上手いと言われていましたが、トップオブトップのドリブラーにはなれないと痛感しました。圧倒的なスピードがない。もちろんドリブルは諦めていない。現在もスピードを上げる練習はしています。けど、その土俵では上に突き詰めることができないと感じています。それならば真ん中のポジションで、ターンとかワンタッチで味方を活かしてとか……、そのなかで自分はフィニッシュに関わっていこうと。そういうプレーを徹底してスタイルを変えようと決意しました」
 追い込まれて遂げた変貌。サイドで出場することもあるが、今の主戦場はFWかトップ下で、居心地も良いという。だが、そこにたどり着けたのは悩みながらも自分と向き合ったからこそ。日本で思うような活躍ができなかった理由を尋ねると、こう答えた。「7割はメンタル、2割はサッカーIQ、1割はフィジカルですね」。例えばメンタル。日本でプレーしていた時には常に「足が攣る」恐怖と戦っていたという。

「最初は足が攣っただけ。でも、それが続いたんです。普通の人は気にしないかもしれないし、論外の悩みですが、オレは考えすぎて陰に入った。試合中にトラウマがフラッシュバックして、セーブしてしまうんです。前半とかにドリブルができなくなって、力を出し切れない。そんな時期が3、4年続きました。トラウマを克服しないと上にはいけないのは分かっていて、沼津時代に抜け出せたけど、時間が掛かった」

 サッカーIQに関しては「単純にどのエリアで自分の良さを発揮するか。高校時代のように得点を取るための整理ができていなかった。サッカー脳が悪かったんです(笑)」。16年に名古屋でプレーしたイ・スンヒ氏から現地のサポートを受けてアドバイスなどをもらったことも大きかったが、嫌な自分とも向き合い、取捨選択をし、ピッチで実践、その後はまた自分と向き合い続けた。その地道な作業を繰り返し、今では「自分を言語化できる」と言えるほどに研ぎ澄まされた。ストライカーとしての石田雅俊に、もう迷いはない。
 現時点での唯一の迷いは、これからの自分だ。

「昔は目標とか夢とか立てていたけど“いらないかな”と思って捨てました。視野が狭くなりがちだったので、個人の目標は立てていない。もし“サッカーとは?”と聞かれれば“唯一の趣味です”と言うかもしれない。言い方は悪いんですが、本当にそういうマインドでやっている」
 だが趣味だから適当な気持ちでプレーしているわけではない。逆に突き詰めてしまい、シュート練習やフィジカルトレーニングをやりすぎてチームスタッフにストップを掛けられたりすることもあるようだ。

「そういうなかでチームはK1昇格を目指していて、自分も責任を持ってピッチに立っています。でも試合に負けた時は“この考え方じゃ、こういうオチが待っているのかな”とも思う。真面目に謙虚に目標を持ってやるべきか、でも、そういうのを捨てて上手く回り出したので……まだ迷っている段階です」
 
 迷った先に見つける答えが何になるのかは分からない。ただ、また一つ大きくなった石田雅俊がそこにはいるはずだ。

取材・文●飯間 健

関連記事(外部サイト)