無名の中学時代から高校ナンバーワンSBへ。なぜ川崎フロンターレは田邉秀斗を獲りにいったのか

無名の中学時代から高校ナンバーワンSBへ。なぜ川崎フロンターレは田邉秀斗を獲りにいったのか

選手権で母校初の単独優勝に貢献した田邉。来春、強豪・川崎の門を叩く。写真:田中研治



 高校ナンバーワンSBがサックスブルーのユニフォームに袖を通す。
 
 川崎フロンターレは8月13日、静岡学園高校に所属する田邉秀斗(3年)の加入内定を発表した。

 最大の武器は攻撃力だ。50メートル、5.9秒のスピードを活かしたオーバーラップと、左右の足から繰り出すクロスでチャンスに絡む。また、181センチと高さに恵まれているのも特徴の一つで、小柄なSBが多い日本にあって上背のある田邉は希少価値が高く、クラブからの期待は大きい。

 静岡学園が初の単独優勝を果たした昨冬の高校サッカー選手権で注目を集めた田邉は、今でこそ複数のクラブが興味を示す逸材だが、エリート街道を走ってきたわけではない。

 小学校時代は地区トレセンに選ばれたものの、わずか半年でメンバー外。卒業時に受験した京都サンガやガンバ大阪のセレクションも落選した。奈良YMCAでプレーした中学時代は、同級生9人が地区トレセンに名を連ねた一方で自身は選外。最終学年でCBのレギュラーを任されるも、思うような評価を得られなかった。

 ただ、ポテンシャルを発揮できなかったわけではない。

「トレセンに入っているメンバーよりも『自分が巧い』という自信がありました。試合にも出ていたので(トレセンに)選ばれていなくても、『出来るだろう』という気持ちを持っていたんです」と現状を受け止めつつ、確かな手応えを持っていたという。
 
 そんな田邉は中学卒業後に静岡学園へ入学。チームのスタイルを詳しく理解していなかったが、"選手権で優勝したい"一心で名門校の門を叩いた。最初は練習についていくので精一杯。テクニックに秀でたタイプではなかったため、技術に特化した静岡学園のトレーニングは容易くなかった。

 当時について「入った当初は技術が違いすぎて、これはダメだなと思ったんです。今でもトップチームで一番下手なレベル。夏休みはリフティングをトレーニングの最初に40分ぐらいやるんですけど、周りができても僕はできなかったんです。『恥ずかしい』と思うことは何度もありました」と振り返る。

 身体能力に恵まれながらも、技術面でチームメイトになかなか勝てない。歯がゆい想いを味わいながらも、懸命にトレーニングに打ち込んだ。すると、徐々に変化が起きていく。

「パスのウォーミングアップだけだと、技術を高められないと気が付いたんです。でも、リフティングのトレーニングはいろんな技術を養える発見がありました。中学時代と比べてトラップが上達し、ドリブルに関してもボールタッチを毎日やっているので以前よりも良くなってきたんです」
 

 迎えた高校2年生。指揮官の意向でSBへコンバートされると、潜在能力が一気に開花する。川口修監督は当時の出来事をこう回顧する。

「田邉は不器用なので自分の能力で打開できると思ったら、CBなのにどんどん前へ仕掛けていくんですよ。でも、それでは上で通用しない。『技術がないと次のステージには行けない』というのを本人に伝えて、2年生の時は目線を変える意味合いでSBにしたんです」

 最終学年でCBを任せるために行なった右SB起用。レギュラーに定着すると、監督の期待を良い意味で裏切る。春先から好調を維持し、夏のインターハイ予選では存在感を発揮。持ち前の身体能力に技術や的確な状況判断が加わり、以降も右肩上がりで成長を遂げていった。

 そして、迎えた昨年度の選手権。右SBとして全6試合にフル出場し、静岡学園初の単独優勝に貢献した。スピードを利したオーバーラップとドリブルで最後尾からチームの攻撃を援護。そのプレーが高い評価を得て、大会直後の2月にはU-18日本代表に選出され、初めて日の丸を背負った。
 
 無名の中学時代から、高校2年間で頭角を現わすと、多くのJクラブから熱い視線を注がれるようになる。なかでも早くから目を付けていたのが川崎だった。

 ブレイク前の昨年5月から向島建スカウトが動向を追い続け、今年の春先には具体的な条件を提示。田邉はこのオファーに「最初はめちゃくちゃ驚いた」が、J1リーグの首位を走るクラブからの誘いを断る理由はない。トレセンにも縁がなかった男がついにプロ入りを勝ち取った。
 
 では、川崎は田邉のどこに惹かれたのか。

 今までに川崎は静岡学園出身の選手を多く獲得してきた。大島僚太、長谷川竜也、旗手怜央。中盤やアタッカータイプの選手がずらりと顔を揃えるなかで今回、クラブが田邉の獲得に動いたのは、縦への推進力を高く評価したからだ。向島スカウトとやり取りを続けてきた川口監督はこう説明する。

「両SBができて、推進力とパワーもある。向島さんはそこを評価してくれていました。また、『1年生まで彼はCBをやっていた』という話をしたら、『それは面白いね』と言ってくれたんです。『車屋紳太郎みたいになるかもしれないね』ということで追いかけてくれました。なので、複数ポジションができる多様性も評価してくれたのかもしれません。

 実際に今シーズンはCBに戻そうと思っていたのですが、本人の意向でSBに配置しています。今は左サイドで起用していますが、状況に応じてCBや右SBでもプレーさせるつもりです。プロに進んだら、車屋選手のようにCBと両SBをできる選手になってもらいたいですね」

 ロールモデルは日本代表にも選ばれた車屋だ。SBを主戦場にCBもこなすポリバレントなプレーヤーになれば、さらなるステップアップも夢ではない。

 思い返せば、高校時代もテクニックに秀でた仲間たちと練習に励むことで自身の力を高めてきた。川崎も自分より技巧に優れた先輩たちがずらりと揃うが、気後れなどしない。

「フロンターレは巧いイメージがあります。ただ、今は何もない状態で自信も不安もありません。ここからプロに行くまでに、自分がフロンターレの選手として自信を持てるように積み重ねていきたいです」(田邉)

 ひたむきな姿勢はこれからも変わらない。新たなステージでも自らの足で、道を切り開いていく。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)

【田邉秀斗プロフィール】
2002年5月5日生まれ、京都府出身。奈良YMCAジュニアユースから静岡学園に進学。1年時にはCB、その後左右のSBを務め、昨年度の第98回高校サッカー選手権大会に出場し、見事優勝に輝いた。その活躍が認められ今年は高校選抜やU-18日本代表にも選出。身長180センチ、体重71キロ。

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