【三浦泰年の情熱地泰】“久保くん”のビジャレアル移籍に思うこと。周囲が期待をかけるのは勝手だが…

【三浦泰年の情熱地泰】“久保くん”のビジャレアル移籍に思うこと。周囲が期待をかけるのは勝手だが…

ビジャレアルへのレンタル移籍が決まった久保。さらなるステップアップに期待したい。(C) Getty Images



 イタリア・セリエAの門をカズが開いた。

 Jリーグ発足から2年後、カズの思い切った移籍によりヨーロッパも近くなった。

 中田英寿の活躍でさらに近くなり、小野伸二がオランダ・フェイエノールトで日本人選手は必要な戦力だと認めさせた。

 本田圭佑と香川真司は、日本人選手がヨーロッパでチームの中心になれることを証明した。

 そして久保くんがバルサから戻り、Jリーグでプレーし、レアル・マドリーに入団し、マジョルカからビジャレアルへと移籍した。

 違和感なく日本人選手が日本とヨーロッパを行き来する時代になり、いまやヨーロッパを目指すことは、ごく自然な流れとなっている。

 一方、Jリーグ開幕前年の92年、前哨戦となるナビスコカップに、ガリー・リネカー(元イングランド代表)がワールドカップ得点王という名声を引っ提げて名古屋グランパスエイト(当時)に現われた。

 ブラジルからはジーコが鹿島アントラーズでプレーし、ブラジル人選手をはじめとする海外の有力選手が日本でのプレーを選択するきっかけとなった。

 そして、ストイコビッチがヨーロッパ選手の存在を確実なモノにした。ブラジルからも代表を狙える選手が数多く日本の道を選ぶようになった。

 当時、僕は清水エスパルスの選手であったが、やはり多くのタレントがチームにやってきた。チームメイトのロナウドンが94年ワールドカップに出場するブラジル代表に呼ばれ、チームを離れた。

 その後、イタリア代表のマッサーロが移籍してチームに加わり、やはりチームメイトだったジャウミーニャ(清水)はJリーグでプレーした後、ブラジル代表に招聘された。

 セザール・サンパイオは僕がブラジルにサッカー留学していたサントスでのチームメイトであり、当時16歳。2歳飛び級だった。その彼も日本でプレー(横浜フリューゲルスなど)し、その後はブラジル代表でフランス・ワールドカップに出場。ドゥンガとともにブラジル代表の中心となった。

 一番一緒にやっていてやりやすかったビスマルクは、ブラジル代表を諦めて日本行きを決めたと冗談半分で昨年、サンパウロで行なわれた領事館のイベント、トークショーで話していた。他にも数多くのブラジル代表経験選手が存在し活躍した。

 先日、スペイン語でインタビューに答える久保くんを見て「より近づいたヨーロッパ」を改めて感じた。

 久保くんのビジャレアルへの移籍は誰もが期待している。ただサッカーはひとりで結果を出す(出せる)スポーツではない。

 久保くんに期待するのは勝手だか、彼ひとりの力ではどうにもならない。サッカーはグループでやるものだ。

 だからと言って個人が弱くて良いわけではない。強い個がグループになってまとまり、機能してこそ、より強いグループになる。世の中の仕組みと同じだと思う。

 日本のスポーツ文化の歴史は個人の弱さをチームワーク、まとまりでカバーする。個人技のある選手より、協調性、チームワークを重んじる傾向にあった。

 しかし今の時代は強い個は大前提である。プロの世界であれば当然、当たり前のことだ。
 

 ただし個は大事だが、サッカーは100mを9秒台で走っても優勝ではない。陸上の100m走であれば優勝できるかもしれないが、サッカーは違う。どんなに体力のある持久走の強い駅伝のエースがいても、陸上で優勝できてもサッカーでは分からない。

 ボルトが世界に誇る陸上のスプリント選手でも、サッカーではドルトムントでプレーして優勝させることなど、ほとんど不可能に近い。母国のジャマイカにサッカーで金メダルを獲得させるのも夢のような話だ。

 だから久保くんひとりに過剰な期待をしてはいけない。そして、たとえ期待を裏切る結果になったとしても彼を責めてはいけない。彼ひとりのせいではないのだ。

 それがサッカーというスポーツである。バルサがチャンピオンズ・リーグ(CL)でバイエルンに2-8で負けた。信じられない出来事だ。でもそれは事実であり、真実だ。

 そしてバルサの歴史的敗戦によって責められる選手がいるとすれば、それはメッシだ。久保くんは断じて日本のメッシではない。

 リネカーはグランパスで何も残せなかった。パフォーマンスは低くかった。
クラブにたくさんの財産と歴史を残したストイコビッチも、天皇杯は優勝できたが選手としてリーグは取れなかった。ただし、監督としてチームに初めての栄冠をもたらした。

 久保くんが海外で活躍するのも簡単ではないだろう。

 ただスペイン語でインタビューに答える彼の姿から、彼がバルサのユニホームを着て読売ランドでプレーし、明らかに日本の少年との違いを見せつけた。当時、よみうりランドの人工芝グラウンドで観戦したのを思い出す。そして数年後にJリーグでプレーし、レアルのユニホームを着た。チームを変え、修行のようにクラブを渡り歩き戦おうとする彼の姿に、きっとやってくれると信じている。

 いつの日か日本の中心になり、再び日本のビッククラブが彼を何十億という移籍金で、Jリーグに取り返してくれる――。そんな日が来ると信じている。 

 ビジャレアルというクラブは人口40,000人の市にある小さな強豪クラブと聞く。今シーズンは5位でフィニッシュした。もちろんそれ以上の成績、勝たせる選手として頭角を現わしてほしいし、期待もする。

 ただ期待し過ぎてはいけない。期待しなければ、彼が活躍できてない場合も普通に過ぎていく。もし活躍の知らせが入れば喜びは倍増だ。

 Jリーグは観客を限定して帰ってきた。チャンピオンズ・リーグは日程、レギュレーションを変えて、決勝はパリ・サンジェルマンvsバイエルンに決まった。

 コロナへの感染対策をしっかり行なったうえで、日常にもサッカーが徐々に戻ってきた。

 まだまだ予断も油断もできない状況のWithコロナ。ただ我々はWithサッカー「サッカーと共に」だ。

2020年8月21日
三浦泰年
 

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