“赤い彗星”金古聖司はいま──。高校サッカー部監督として美学を貫く40歳の「埼玉奮闘記」

“赤い彗星”金古聖司はいま──。高校サッカー部監督として美学を貫く40歳の「埼玉奮闘記」

本庄一を率いる金古監督。娯楽性に富んだスタイルを標榜する。写真:河野正



 埼玉の本庄第一高校女子サッカー部は、1993年度の第2回全日本高校女子選手権大会を制した古豪で、国際Aマッチ96試合に出場した元なでしこジャパンの名GK山郷のぞみ、主将としてアテネ五輪など多くの国際大会で活躍したDF磯崎浩美らを生んだ名門である。

 今回はその女子ではなく、第99回全国高校選手権・埼玉大会1次予選を間近に控えた男子チームを紹介する。

 創部は前身の本庄女子高校が共学となった93年、Jリーグが開幕した年だ。2008年度の新人大会準優勝を皮切りに翌年の全国高校選手権埼玉大会で8強入りすると、12年度には同大会で初のベスト4、インターハイ予選も8強に進出して中堅校へと成長していった。

 現在指揮を執るのが、16年4月に就任した元Jリーガーの金古聖司監督だ。就任5年目と40歳の節目のシーズンとあり、「チームを強くするのがどれだけ大変なことかを実感し、指導者として成長できた5年間ですかね」と、穏やかな口調で語った。
 
 全国屈指の強豪、東福岡高校出身。2年生で守備の要人となり97年度はインターハイ、全日本ユース、高校選手権の3冠に輝いた。翌年はU−19日本代表のレギュラーとして、1学年上の小野伸二や本山雅志らとともにアジアユース選手権で準優勝し、99年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)出場に尽力。さらに主将らしい働きぶりで高校選手権2連覇を達成するなど、往時の高校生年代では別格のセンターバックだった。

 複数のJリーグクラブから勧誘された末、99年に鹿島アントラーズへ加入。だが故障を重ねた不運もあって持てる力を出し切れず、3チームへの期限付き移籍を経て08年に退団する。翌年からシンガポールやミャンマーなど東南アジアの4クラブでプレーし、15年をもって引退した。

 そうして高校の恩師、志波芳則総監督に現役引退を報告した際、「指導者はどうだ?」と打診されたのが本庄一の監督だった。当初はあまり乗り気でなかったが、16年2月の新人大会決勝をこっそり観戦。昌平に敗れはしたがチームの可能性を感じ、「わたしも高校サッカーに育ててもらった人間」との思いもあって承諾する。17年には水色から東福岡と同じ赤色のユニホームに変えた。

 前述した主な戦績は前任者の記録で、金古監督にはまだこれといった実績がない。新人大会は8強が最高成績で、関東大会予選は1回戦で姿を消し、インターハイ予選はベスト16。高校選手権埼玉大会の決勝トーナメントには2度進んだが、いずれも1回戦で敗退している。

「成功体験を作ってあげられないのが悔しくて、特に無力だった1年目は生徒に申し訳なかった。『なんでできないの』『どうしてパスを出せないの』と感情を出しすぎて失敗しました。未熟でしたね」

 平日練習は最寄り駅への最終スクールバスが午後7時発のため、4時半から6時半までの2時間だ。チームに長く携わる大山真司、小池賢両コーチら4人の教員と外部コーチ2人で96人の部員を指導。トップ、セカンド、サードと3チームにレベル分けし、金古監督がトップチームを担当する。およそ2時間の練習中、的確な指示や称賛の言葉、ベストの選択ができなかった時には軽口を交えた指南の声が聞かれ、物腰柔らかな口上で選手を納得させていた。

 守備陣を統率する主将の笠木陽生は、2年前の第97回高校選手権で4強入りした尚志(福島)から最上位の特待生として誘われながら、本庄一を選んだ。「選手時代にすごい実績を挙げた指導者が身近にいるので、金古監督の下で学びたかった」と説明し、「監督と自分たちではレベルが全然違うのに激怒する姿を見たことがない」と、指揮官の温厚なパーソナリティーについて触れた。
 
 金古監督は結果を追求する一方、育成年代を指導する上でとても大切なことに言及した。「結果を出すなら蹴って走る戦術もありますが、彼らはそれで楽しいでしょうか。自分なら嫌いになる。サッカーの魅力が詰まった戦い方をしてもっとサッカーを好きになってほしい。最近、大学や社会人でサッカーを続ける卒業生が増えたんですよ」と言って、真っ黒に日焼けした顔をほころばせた。

 4−3−3システムを編成する今季のチームは昨年の主力が7人も残ったことで、ボールを握り、パスを丁寧につなぐ戦術面での上積みも大きい。

 笠木を中心とした堅陣に加え、昨年度までジュビロ磐田U−18に所属し、プレミアリーグにも出場したFW渡邊翔耶(3年)がこの4月に転校し、サッカー部に入ったことで得点力もアップ。「土のグラウンドは原点に戻った感覚です。守備の裏を突く動きと速さには自信があり、得点王になるくらいの気持ちでチームのためにがむしゃらに動き回りたい」と、自身にとって最初で最後の高体連の試合へ臨む情熱を語った。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、埼玉は2月の新人大会を開催しただけで関東大会とインターハイの両予選が中止。県リーグは9月5日に開幕したが、出場権を逃した本庄一は、2月2日の新人大会北部支部予選が最後の公式戦だった。

 約7か月ぶりの真剣勝負は、13日に初戦を迎える高校選手権・埼玉大会1次予選だ。H組2回戦で春日部高校と対戦することになり、笠木は「いままでの悔しい思いをぶつけながら、挑戦者として大事に戦い抜きたい」と意気込みを示した。

 福岡県で勝つことなど当たり前だった金古監督は、埼玉にやって来てサッカー人口の多さ、地域に根付いたサッカー熱に驚かされたそうだ。

「埼玉で勝つのは本当に難しい。だからこそ勝たせてあげられる指導者になりたい。今大会の目標は決勝トーナメントで上位に進むこと。一発勝負の戦いの中で成長することが一番ですが、勘違いでもいいから勢いづいたり、日替わりヒーローが出たり、自分たちの限界を超える戦いができたら面白いですね」

 学校のすぐ裏手には坂東太郎の異称を持ち、“日本三大暴れ川”としても知られる利根川が流れる。その岸辺近くで練習に励む本庄一が、埼玉大会のピッチで大暴れできるか。

取材・文●河野 正

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